失言知事として知られていた川勝知事が任期途中での辞職を表明した。もともと失言で知られた知事だったが「野菜を売ったり、牛の世話をしたり、物を作ったりとかと違って、基本的に皆さま方は頭脳、知性の高い方たち」と新しく県に入ってきた職員に訓示しそれが職業差別だと指摘されたことに腹を立てて「だったらもう辞めてやる」と知事職を投げ出す宣言をしたのだ。政治についてのフォーラムをやっているとよく「自分だけ正しいおじさん」に遭遇するが、似たような匂いを感じた。政治を何か特別なものと感じている一方で他人の気持ちには関心を示さない。そして、彼らは決して間違いを認めようとしないのだ。話を聞くだけムダな人なのである。
川勝平太氏は1948年生まれで今年75才になる。経済学者としてオックスフォード大学で博士号を取得したエリートだ。もともと静岡県と関係のなかった人だが静岡文化芸術大学の学長に就任し石川嘉延県知事の教育行政にブレーンとして参加した。これが県政との最初の関わりだった。最終的には民主党(当時)などの推薦を受け自民党・公明党系の候補と戦い接戦を制した。票差は僅か15,000票だったとされている。
その後、知事として当選を重ねるのだが発言が次第に変質してゆく。自民党系の議員に対する強烈な対抗意識があり反権力意識も芽生えて行ったようだ。またもともと政治家ではなかったことから地位へのこだわりもあまりないと見受けられる。つまり突出した発言で周りを敵に回しても「いざというときにはやめればいいや」という気持ちもあったのかもしれない。だが自分だけは正しいという気持ちがあり正当化に執着する傾向がある。このため徐々に周囲から孤立していった。
この心理状態がよくわかるのが「御殿場にはコシヒカリしかない発言」だった。参議院・静岡の補欠選挙に出た山﨑真之輔氏に対抗する自民党系の若林洋平前御殿場市長を揶揄した発言だ。もともと静岡県にあった遠州・駿河・伊豆の地域対立感情を刺激した。
県知事を支えるふじのくに県民クラブはおそるおそる県知事に謝罪を要請したがふじのくに県民クラブは会見後に「あれは謝罪になっていない」と当惑する。それに腹を立てた川勝知事は「もう県民クラブは応援していない」と孤立を深めた。結局この問題は辞職勧告決議に発展するのだが県民クラブはかろうじて辞職勧告への賛成はしなかったが知事を扱い兼ねていたのは事実だろう。
このときに給与を返納するとタンカを切っていたのだが結局返納はしなかった。これを不服として知事の不信任決議案が出されたが1票差で否決されている。周りとの擦り合わせが面倒になると極端なことを言ってしまう。
おそらく今回の舌禍事件にしても周りに相談すれば「謝った方がいいですよ」と言われることは分かり切っている。そのため「自分がいかに正しいか」を説明する会見を開いた。周囲が何に対して怒りを感じているのかを全くわかっていないしそもそも理解するつもりもなさそうだ。
産経新聞に記者とのやりとりが全文載っているが読むだけで痛々しさを感じる。まず「切り取りで勘違いをした人たちが悪い」と主張した。県庁のWebサイトに全文掲載しているからそれを読めという。ここまではTBSで見た。テレビは「他にもやることがあるしこんな無意味な会見を長々と扱っても仕方がない」と感じたのだろう。早々に中継を打ち切っていた。最終的に「読売新聞の報道のせいで誤解された」とメディア批判を展開したそうだ。
プライドの高さがよく表れている一節がある。発言の不適切さを責められているにもかかわらず「どうだ俺は静岡の歴史についてこれだけよく知っているんだぞ!」と自慢している。
「いいえ。磐田に関しては、磐田が故山においては国府があって、遠州の中心であったということを申し上げた。そういう中身であることは、話を聞いていた人は分かっておられたと思います。ちょうど奈良の時代に、山城国、いまの平安京は田舎であったと、そういう流れで申し上げました。ですから、そこにいらしたボニータの方たちが県外ご出身の方でしたので、磐田に対して誇りを持っていただけるように磐田の歴史を紹介したと。かつ、磐田の国分寺の再建を、七重塔を再建したいということで話をしたいという方がいましたので、そのことも踏まえ、古代の磐田の話をしたということです」
これは想像でしかないが、コールセンターにクレームの電話を入れる高齢者には意外とこういうタイプが多いのではないかと感じる。関係がないことをさも自慢げに説明しコールセンター業務を妨害するようなタイプだ。この対策としてそもそもコールセンター業務を有償化したりフリーダイヤルを止める企業も表れている。老害とまでは言わないがこういう人たちが日本の生産性を著しく下げている。
国政レベルの自民党にもこの手の人はいると思うのだがおそらくみな腫れ物に触るような感覚で扱っているのだろう。なかなか表に出てこない。長老と言われる人たちがいつまでも影響力を持ち続ける背景には意外と短気で自己主張だけが強いというかつてはエリートだった高齢者の暴走した自死式があるのかもしれない。
なお川勝知事といえばJR東海にクレームまがいの要求をし2027年のリニア開業を諦めさせたという実績を持っている。おそらくこれも川勝氏にしてみれば「自分はきちんと要求をしているのに相手が全く理解していない」ということなのだろう。自分はクレーマーだと思ってクレームをつける人はいない。ただ、周りの当惑を全く斟酌せずひたすら自分の正義だけを振りかざすという構図になっている。結果的にこれが周囲をうんざりさせる。
今回の辞任においては「これでやっとリニア新幹線計画が前進するのではないか」と期待の声が上がる。すでに後任を準備しているのではと警戒する声があるそうだが直前に立憲民主党の渡辺周氏に「後継になってくれ」とお願いをしている。おそらく周囲から離反されており後継を決めないままで「だったらやめてやる」となった可能性が高いのではないかと思う。渡辺周氏がどのような判断をするかはわからないがおそらく「距離を置きたい」と考えるのではないだろうか。
ただ、過去にもだったら給料は全額返してやると表明しながら返さなかったという前歴もある。本当に辞職するのかという気もする。
かつてエリートだったのになぜという気もするのだが、かつてエリートだったからこそ「周りが自分の言うことを聞くのは当然」と思っているのかもしれない。だが、周囲の事情が全く見えなくなっており県知事としては最も不適格な人と言えるだろう。