予定通り安倍首相が消費税増税延期の決意を国民に伝えた。以前延期するときも「次は絶対に増税する」と言っているので「ああ、この人は大嘘つきだなあ」と思うのだが、会見を聞いていて「よくできた演説だなあ」と妙に感心した。心理学的にはよくできているのだ。
ポイントになるのは不利益の押しつけとその延期である。消費税増税は国民にとって不利益だと見なされている。故に「絶対に不利益が降ってくる、覚悟しておけ」と思わせておいて、選挙の前に「強い決断をしてそれを防いだ」と言えば、なんとなく人々はほっとするわけだ。いわばソフトな恫喝なのだが、恫喝されている方は意外と気がつかないようだ。それどころか、恫喝にコミットすることによって、心理的に「自分の意思決定が間違っているものと思いたくない」という正当化バイアスが働く。そこでその他の決定事項(今度は福祉の切り捨てと憲法改正議論に伴う政治の混乱)についてもなんとなく受け入れてしまうようになるわけである。
こうした手法は高齢者を騙すために使われている。セールスマンはドアに足を挟んで「話を聞かないと大変なことになるよ」と言って脅しをかける。高齢者は不安を持っているので、なんとなく話を聞いてしまう。そこで「あなたがやることは、これを買うことだけなのだ」と簡単にできる行動を持ちかけるのである。そのときに「お願いする」のが重要だ。高齢者はちょっとした自発的な行動を起こすことで、その関係にコミットしてしまう。あとは簡単にできることをお願いしつづけて、要求を拡大してゆくだけである。高齢者はこれを恫喝とは思わない。それどころかセールスマンに感謝するようにさえなる。不幸を避ける方法を授けてくれ、おまけに話も聞いてくれるからだ。
高齢者はなぜ騙されるのだろうか。それは前後の関係を論理的に整合する力がないからだろう。話をよく聞いて整合性があるかどうかを確かめれば、すぐに詐欺であることが分かる。長期的な展望を立てれば、それが悲惨な結末を迎えるリスクがあることに気がつくだろう。だが、それは遠く離れて住んでいる息子たちの仕事だ。日常の仕事に忙しく関心を向けない。詐欺師は「私にお金を貸してくれればいずれ何倍にもして返しますよ」とか「このままでは財産が消えてなくなりますよ」と行って脅す。だが、そのお金が帰ってくることはないだろう。
気づいたときにはもう手遅れなのだ。
ところが騙された人は「騙されていない、自分の行動は正しかった」と思いたい。ここから目を覚ましてもらう必要があるわけだが、それは難しい。目が覚めるのは身ぐるみはがされて、財産が戻ってこないと分かった時である。警察のポスターもテレビの呼びかけも役に立たない。正当化バイアスによってフィルターがかかっているのだから。
安倍首相のメッセージは簡単なものである。「消費税を上げたくなければ、簡単です投票さえすればよいのです」という。あとは「今の暮らしを守りたければ、私たちに全て任せてくれれば良いのです」と言い続けるわけである。一方、野党の言っていることを実行するのは難しい。自ら情報を取捨選択して新聞を読み、状況を判断し、デモなどの行動に参加しなければならない。コンビニに行って100円払って難しいネットプリンターを操作して、意思表示もしなければならないと迫る。
アベノミクスという詐欺が成功し続けるのは、有権者が高齢化しているからだという仮説が立てられそうだ。