モスクワ郊外で発生したテロ事件の犠牲者は133名になった。今後もさらに増える可能性がありそうだ。
日本では「真実を特定せよ」という人たちが増えているが、おそらく現時点ではこれはあまり重要ではない。重要なのは起きたことがどのように利用されるかだろう。
プーチン大統領はウクライナの関与を示唆しており国内の引き締めとウクライナの戦争の激化が予想される。
モスクワ郊外のコンサート会場で起きたテロ事件の死者は最新の情報で133名になっている。
「誰がこんな事件を起こしたのか」については情報が錯綜している。まずイスラム国(IS)が犯行声明を出したという主張がある。アメリカ合衆国がすでにロシアに対して警告を出していた。一方でプーチン大統領は「犯人たちはウクライナの方に逃げようとした」と主張している。
この手の事件が起きると日本のSNSではある特徴的な動きが起きる。人々はなぜか事件について「誰がやったのか」を断定し意見が異なる人を叩き始めるのである。非常に興味深いことだが、これは不毛だ。
元々同調圧力が強い社会を暮らしている上に普段はほとんど政治について他人と意見交換をしない。このため半匿名のSNSでお互いの主張をぶつけ合うことになる。「自作自演の可能性も囁かれるだろう」という朝日新聞の駒木論説委員に対して「自作自演と決めつけるとはさすがに朝日だ」などと暴言を投げつける人まで出てきている。
この段階では実は真実などどうでもいいことである。まずは飛び交う情報を総合的に俯瞰して全体を立体として捉えるしかない。
まず、西側は早くからISの脅威を掴んでおりロシアに警告を行っていたと主張している。また問題がウクライナとリンクされることを恐れている。このためアメリカ側からは盛んにこのラインの報道が出ている。少なくとも自国民がこの問題をウクライナ問題と関連づけないようにしたいのだろう。
アメリカ合衆国で「ウクライナ=大規模テロ」という印象づけが行われれば、おそらくウクライナ支援の再開は絶望的になる。トランプ陣営がこれを宣伝に使うことは火を見るより明らかだ。
朝日新聞論説委員の駒木氏によるとクレムリンはこれを西側の恫喝と受け取っていたようである。駒木氏は「エビデンス」を提示しロシアは警告を無視したと主張している。これも統治の失敗を示唆する。
仮にこれが本当にISの犯行だったとすると大統領選挙で敵対陣営の押さえ込みにリソースを投入している間にIS対策がおそろかになっていたことになる。つまりこれはプーチン大統領の大失策だ。当然プーチン大統領はこれを認めないだろう。さらに言えば今後も同じような問題が起き続けロシアの治安が大きく揺さぶられることが予想される。
同じようなことは実はイスラエルでも起きていた。ハマスの奇襲に対する警告がエジプト側から出されていたがイスラエルはこれを無視したと報道されている。今回ネタニヤフ首相に退陣を求める声があるのは「結果的にガザ地区の脅威を防げずにイスラエル人の命が失われた」という見方があるからだ。同じことがロシアでも起きる可能性がある。プーチン大統領はこれを何としてでも防がなければならないだろう。
ところが話はこれでは終わらない。今回の一連の報道でよく引き合いに出されるのがモスクワ劇場占拠事件である。
時事通信がこれを踏まえて「乱射で国内引き締めか 反ウクライナ、動員の契機にも―ロシア」という記事を出している。
時事通信は踏み込んでいないがモスクワ劇場占拠事件には自作自演説も出ていた。結果的にこの事件はチェチェン侵攻と大統領権限強化に大いに利用されている。
プーチン大統領はチェチェンを制圧し問題は解決されたと主張していたがその後も恒常的にテロは起き続けていた。ジャーナリストの国末憲人氏は「目立たなくなったのはここ数年の事」と言っている。
つまり、現時点でも
- ウクライナ関与説
- イスラム国関与説
があり、イスラム国関与説にも
- 治安の悪化説
- 自作自演説
があることになる。
現時点では「これら複数の説が確定しておらず、それが当事者たちの思惑によって利用されるだろう」ということが予想されるに過ぎない。だが、日本人は流動する状況を俯瞰して「事実」として立体的に把握するのが苦手だ。それぞれが勝手に「事実」を確定して気に入らない他人を叩き始める。
犯人について時事通信は次のように伝えている。実行犯の数が食い違っており全員が逮捕されたかはこの報道を見る限りはよくわからない。
- 報道官は11名(うち4人が実行犯)を拘束したと発表
- 報道は実行犯は6名でうち4人はタジキスタン国籍と発表
高橋和夫さんは「イスラム国の犯行なら普通は自爆するのでは」と違和感を表明している。また犯行声明の訛りがカフカス訛りではなくモスクワ風の訛りだったとの主張を引用する人もおり今後も情報は錯綜しそうだ。