ラーム・エマニュエル駐日大使のXのアカウントが一時炎上した。きっかけは札幌と東京でそれぞれ出された同性婚の制限が違憲または違憲状態という判決だった。ラーム・エマニュエル駐日大使の発言そのものは民主党的価値観にそったものであり特に意外な感じはない。
むしろ、日本人が持っている独特の「上下」関係の感覚がわかり興味深い炎上となった。細かな反論が多いことから「多様性敵視警察」のような人たちがいて自警団活動を行なっていることもわかる。
日米同盟をめぐる人々の感情は複雑かつ鬱屈したものとなりつつある。岸田総理が扱いを間違えれば4月の訪米は大惨事となるだろう。
多様性を推進するために粘り強く前進すべきだというラーム・エマニュエル駐日大使の発言そのものは典型的な民主党の多様性推進の価値観を反映したものだった。今回の投稿はまず英語で書かれそれが翻訳されたようだ。反発が高かったのは日本語の投稿だった。中には「マッカーサー気取りか」とか「内政干渉だ」という極めて辛辣なものもある。そのご「内政干渉」は一時トレンドワード入りした。エマニュエル駐日大使は特にこれについてコメントはしていない。
この反応を見てまず「ここまで反米感情が広がっているのか」と驚いた。と同時にその反米感情の歪さにも目を向けざるを得ない。無条件で日米同盟に共感する日本人は多い。またアメリカの大統領との親密な関係をアピールすると首相の支持率が上がる傾向がある。つまり日本人は強いアメリカが大好きだ。
しかしながらその大好きなはずのアメリカの駐日大使にはひどい批判が向けられている。これを合理的に説明するためには日本人が持っている独特の上下関係を検討する必要がある。
天皇を例に出すとわかりやすい。天皇を批判する日本人は少ない。だが天皇の関係者(例えば皇后や皇嗣殿下一家)などは週刊誌で叩かれることが多い。つまり多くの日本人は天皇>自分>天皇関係者という序列意識を持っている。権威と自分が直接結びついていると考える傾向にあるということだ。
さらに政治を右と左で分けて考えていることもわかる。強くて大きくて立派なものが「右」であり弱い人と味方をするのは「左」である。左は蔑視の対象であり何を言っても構わないとされてしまうのである。東西冷戦構造が崩壊したのは1989年だが日本では今でも政治を左右で考える傾向が強いのはそのためだろう。
「強くて大きなものに反抗すると危険だ」と考えるならば駐日大使に攻撃性を向けるのは悪手だが、人々は気軽にエマニュエル駐日大使を攻撃しており危険性を合理的に評価しているようには思えない。おそらく強いものに一体化することで「自分も強いものである」と周囲に誇示したいと考える人が多いのではないか。つまりSNSは社会的な序列をディスプレイする装置と見做されている。
この屈折した影響がよくわかるものがある。中に「リッジ・アルコニス」を持ち出している人たちがいた。3人を死傷させる交通事故を起こし日本で受刑者になっていたアメリカでは根拠なく「不当に監禁されているに違いない」という主張をする議員が多かった。中には「日本はアルニコスさんに謝罪すべきだ」と書く議員もいたそうである。経緯は不明だが日本はアルコニス受刑者をアメリカ側に引き渡しのちに釈放されている。
BBCは不平等な関係は日米同盟にダメージを与えたと指摘しているがSNSのくすぶり以上に発展することはなかった。マスコミは沈黙を続け、日本政府の弱腰の姿勢を批判するデモなども起きていない。日本人は日米同盟を不平等なものと受け止めている。
仮に日本人が本当にアルコニス氏の釈放に怒っているのであればエマニュエル駐日大使にではなく日本政府やアメリカそのものに対する抗議を行うべきだろう。だが権威との一体化を好む日本人は強いものには立ち向かわない。今回エマニュエル駐日大使が「左側=つまり弱者サイド」認定されたため「この人になら言っても構わない」ということになったのだろう。
この歪で歪んだ日米関係の認識は岸田総理の訪米にも大きな影響を与えるだろう。
岸田総理の支持率が上がるのは「強いアメリカ」との関係を強調した場合だけだ。だがバイデン大統領は米軍の計画的縮小を進めており富裕層増税と並んで一般教書演説のメインテーマの一つになった。ウクライナとイスラエルが行き詰まっていることから極東は管理的縮小の対象になる可能性が高いため今回の訪米でもさらなる負担を背負って帰ってくることになるだろう。
またバイデン大統領はよりリベラルな姿勢を打ち出している。トランプ氏から「多様で民主的なアメリカを守る」という立場を強調するためだ。今回の訪米は大統領選挙キャンペーンの一環なので、岸田総理は「自らの意思でリベラルな政策に賛同する」ものとみられる。エマニュエル駐日大使への風当たりを考えると今回の訪米はむしろ岸田総理には強い逆風になってしまうのかもしれない。
Comments
“「内政干渉だ」 ラーム・エマニュエル駐日大使のXのアカウントが一時お祭り状態に” への1件のコメント
「強いもの」に反抗せず「弱いもの」を攻撃することで思いついたのが、自民党の裏金問題です。あれもデモ活動で抗議せず、税務署の職員を攻撃しています。税務署の職員からすれば、政治家や検察、国税庁に抗議してくれと思っているかもしれません。しかし、強いものを攻撃すれば手痛い反撃を食らうと思っているかもしれませんし、強いものから利益を受けている人たちは抗議するメリットがないから沈黙しているのでしょうね。