ハイチのアンリ首相が退任した。ギャングの台頭で統治不能の状態に陥っていた。援軍を申し出ていたケニアに入ったところ暴動はさらに悪化した。結局再入国できなくなりmアメリカ合衆国などの周辺国に支援を求めていた。周辺国がこれに応じなかったために結果的に再入国を果たすことなくそのまま辞任ということになったようだ。
ハイチは典型的な失敗国家だ。政治的なインフラなしに独立した。そこにアメリカ合衆国が中途半端な介入を繰り返したため状況はさらに悪化してしまう。結果的に民主主義のリブートが何回も繰り返されている。
ハイチはカリブ海に浮かぶカブトムシのようなイスパニョーラ島の西側にある人口1000万人余りの国である。国土面積はベルギーと同じ程度だという。もともとフランスの植民地だったが搾取に耐えかねて独立運動が起きた。が、この時にフランスから「フランス人の資産を破壊した」と言いがかりをつけられ多額の賠償金を請求されている。結果的に経済が発展せずそのまま現在まで混乱した状態が続いている。
問題の起点を探るためには少なくとも1950年代に戻る必要がある。1958年に選挙が行われ保健福祉分野で業績があったフランソワ・デュバリエが大統領に選ばれた。しかし選挙で信任されるとこれまで優しかったデュバリエ氏が豹変。独裁化し国家財政を私物化した。結局この体制は息子まで引き継がれたが1986年に破綻している。この時に私兵として活躍した人たち(トントンマクート)がギャングの起源になっているという。
その後はアリスティド大統領が誕生するが政権は安定しなかった。民主主義至上主義のアメリカ民主党は民選で選ばれたアリスティド大統領を支持し続けたが不正に対する不安もあったようだ。アリスティド大統領は民主党クリントン大統領の支援を受けてハイチに復帰したが共和党のブッシュ政権とは反りが合わなかったようだ。ブッシュ政権は政府ではなく直接NGOを支援するようになる。最終的にアリスティド大統領は「ブッシュ政権に拉致され排除された」と主張しているが合衆国はこれを否定している。
その後に周辺国の援助で指導体制が作られ「多国籍暫定軍(MIF)」が展開する。その後はブラジル軍が主軸となる国連のハイチ安定化ミッションが組織され大統領選挙が行われた。
だがそれでも状況は安定しなかった。2010年にマグニチュード7.0の地震が起こりその後にコレラが蔓延する。2017年にミッションが終了すると再び治安が悪化を始めギャングたちがポルトー・プランスを徘徊するようになった。
今回の混乱の直接の原因となったのはジョブネル・モイーズ大統領の死だった。モイーズ大統領を選出した選挙が混乱したため「前の大統領が退任した日」を起算点にして任期を決めるかあるいは「モイーズ大統領が就任した日」を起算点にするかで対立した。議会選挙もまともに行えない状態だったためモイーズ大統領が大統領令で政治を行っていたことも批判された。
辞める・辞めないの口論が収まらない中で悲劇が起きる。私邸に武装組織が侵入しモイーズ大統領が射殺されてしまう。モイーズ大統領は大統領権限の強化を狙っていたとされる。この時にアンリ首相を指名していた。ここで影響力の低下を恐れたジョセフ氏がモイーズ大統領の妻と結託し反乱を企てたとされている。妻を新しい大統領に据えてジョセフ氏が権力を掌握する計画になっていたとされている。
ただしこの話も排除されかけたアンリ政権下での調査に基づくため「何が本当なのか」はよくわからない。日本の戦国時代のようなことが延々と行われているのが現在のハイチなのだ。
ハイチでは議会選挙がまともに行われておらずジョセフ暫定首相は議会承認が得られない。もちろんアンリ氏も議会から信任されることはなかった。結局、アンリ氏が議会の承認を得ることなく新首相に就任した。
経緯が非常に複雑なためここまで下調べをしないとBBCの記事が読めない。
地域の指導者たち(カリコム)がジャマイカに集まりハイチ情勢について協議した。アンリ首相はこの時点で援軍を求めるためにガイアナとケニアを訪問しており帰国の途にあった。だが反乱が激化したためプエルトリコに足止めされていた。地域指導者たちはアンリ首相に退任を求めアンリ氏もそれを受け入れた。
現在ハイチは混乱状態にあり36万人以上が避難している。また物流が麻痺しており物資が運び込めないため多くの人が栄養失調状態に置かれているそうだ。
ケニアは援軍の要請を先延ばしにしていたようだ。結果的にアンリ首相が退任したためにこの話はペンディングになった。代わりにアメリカのブリンケン国務長官がハイチに対して3億ドルの支援を申し出ている。ブリンケン国務長官はいくつもの案件を抱えており世界中を飛び回っている。カリコムはハイチに援軍を送りつつ選挙管理機構を作りハイチでの選挙の道を模索している。次の選挙に出る意向のある人は選挙管理機構には入ることができない。
ハイチ配置情勢を知っている人はおそらく「これで何回目のリセットなのだろうか?」と考えるのではないだろうか。バイデン民主党政権は「とにかく「正しい形」で選挙さえ行うことができれば治安は安定するに違いない」と考えているようだが、これは単なる希望的観測基づいた一種の幻想なのではないかという気がする。
そもそもハイチを実質的に支配しているギャングとはなにものなのか。これもBBCがまとめている。
元々の出発点はデュバリエ時代のトントン・マクートという民兵組織だった。その後も組織は生き延び政治家たちと結びついて活動を続けていた。これが2021年のモイーズ大統領の暗殺によって加速される。現在のギャングのトップはバーベキュー(Babekyou)という愛称で知られる元警察官のジミー・シュリジエ氏だそうだ。
バーベキューはアンリ氏の背景には「悪臭を放つブルジョワ」がおりアンリ氏を焚き付けていると考えているようだ。正義を回復するためには武力で立ち向かわなければならないと主張する。武器は主にアメリカから密輸されているとされるがバーベキューがどこから支援を受けているかはわかっていない。
バーベキューは監獄を襲撃し多くの囚人を脱出させているがこれもアンリ氏によって政治的に迫害している人たちを救出した上で賢人会議を立ち上げて救国政府を作る計画の一環だとされている。監獄襲撃に際してバーベキューは「地方都市の武装グループも首都の武装グループも、みんな団結している」と意気軒昂である。
アメリカ合衆国が介入すると「野良武士団」のような人たちが出てきて自治を求めるという構図ももはや珍しくない。イエメンのフーシ派やアフガニスタンのタリバンなどがそれに当たる。ソマリアの北にあるソマリランドはむしろソマリアよりも治安が安定しているという。民主主義が退潮する中で世界各地で中世の武士団のような人たちが実効統治する領域が増えている。日本で言えば平安朝が実効支配力を失った戦国・鎌倉時代に似ているが、現在の国連体制はこうした政体を国家とは認めていない。
ハイチ情勢は現代国家体制が気に入る「ちゃんとした国」を作るため何度でもリブートを繰り返すか、それを諦めて「そこには何もないふりをするか」の二択になっているが、アメリカ合衆国と周辺国はとりあえず国家のリブートを選択したようである。