玉木雄一郎国民党代表(@tamakiyuichiro)が「自分の説明の何がわかりにくいのか説明せよ」とSNSのXで要請している。そこでわかりにくい理由を考えてみた。
原因は課題のズレである。有権者はまずどうすれば負担増を受け入れなくて済むかを考える。理解できなければ離脱するが自分で実行ができなくても離脱してしまう。そしてその後は説明の中身を理解せず「これは詐欺なのだ」と拒絶するようになる。一方で玉木さんは自分達の経済政策を有権者に売り込むことが仕事になっている。やりたいことが最初からズレているのだ。
だがこの投稿の真骨頂はコメント欄だろう。給料が上がらない世界を所与と考えており玉木氏の説明を拒絶するものが多い。長年蓄積した政治不信の正体は実は我が国というシステム関する不信任なのかもしれない。
玉木さんにとっては有権者が今どこにいるのかを知るいい機会になったのではないかと思う。また玉木さん以外の人にとっても有権者の生の声を知る貴重な資料となっている。ぜひ一度コメント欄を否定せずに読んでみることを全ての政治家にお薦めしたい。
玉木雄一郎代表が言っていることは簡単に解説ができる。賃金は伸びない。だが社会保障費は伸びている。だから実質負担が増えてゆく。これを防ぐためには賃金を伸ばす必要がある。簡単だ。表面上の問題はそこに図表を持ち出した点である。これはコメント欄でも指摘が出ている。ゲンナリする。
読み手が「負担が増えるのは嫌だ」と考えたとする。するとどうすれば賃金が伸ばせるのかと考えるだろう。例えば資格を取ったり、求人サイトを見て条件がいい職場を探したり、残業時間を増やしたり、副業したりといった具合である。これが労働者ができることの全てだ。だがコメント欄を見る限り「それは無理のようだ」と考える人が多いようだ。だから、ここでもうこんな話を読んでも仕方がないとなる。そして私はもっといい解決策を知っていると口々に語り出すのだ。
玉木雄一郎代表は「まず俺の話を理解しろ」とばかりに図表を持ち出している。だが、これを理解したところで労働者一人ひとり(つまり読んでいる人)の賃金は上がらない。だから読む気になれない。それはコスパ・タイパが悪い。だったら新NISAの勉強でもしたほうがいい。それだけの話である。
もちろん玉木雄一郎氏は報酬を上げる手段も書いている。女性を増やす改革は「いいですね、是非やってください」となる。給料が上がる経済対策と言われても具体策はない(おそらくまた分厚い資料が別にあるのだろう)のでよくわからない。ガソリン値下げは野党共闘で実現を目指すようなので「ぜひ頑張ってください」「実現したらいいですね」としか言えない。
同時に、②の総雇用者報酬を上げる政策も必要です。具体的には、女性が活躍できる環境を整えるといった就労者を増やす改革や、給料が上がる経済政策を講じて賃上げを実現することです。ガソリン値下げなどは中小企業の賃上げを後押しする政策の典型です。
では本当の行き違いはどこにあるのか。
それはコメント欄を見ればわかる。コメント欄は資料として極めて秀逸だ。「自分達の給料が上がらない」ことが前提になっている。それでも社会保障費が増えてゆく。ランダムに拾ってみると次のようになる。ほぼ現在の医療・福祉政策の全否定になっている。野党はこういう人たちを説得して支持者に変えてゆかなければならない。
まとめると「俺たちの給料は上がらない。だから医療福祉も上げるべきではない。むしろ下げるべきだ。むしろ全部燃やしてしまってもいいのではないか」となる。
- 現役世代が減ってゆくのだから問答無用で社会保障の費用を減らすべき(これは「老人を減らせ」と書いていない分まだマシという気がする)
- 医療分野は効率が悪すぎるのではないか
- 年金の賦課方式(仕送り)を今すぐやめるべき
- なぜ国債を使わないのか
- 超少子高齢化は避けられないから考えても仕方がない
- 民間が賃上げを行うためには社会保障費こそをまず減らさなければならない
- 余計な支出にしかなかならない子ども家庭庁など潰すべき
中には図表を持ち出した時点で読む気がなくなるという人やむしろわかりにくくして誤魔化しているのではないかと言い出す人もいる。中には「自分はちゃんとわかっている、ごまかすな」と怒り出す人までいる始末である。
ではなぜこうなるのかについては以前このブログでも考察した。
問題は「ゼロサム思考」なのではないかと仮定した上で高度経済成長のきっかけになった宏池会の所得倍増計画について調べてみた。玉木雄一郎氏は宏池会中興の祖である大平正芳氏との関係が深くいわば「宏池会直系」と言えるため説明は不要だろうが(むしろこれまでの考察の間違いについて教えを請いたいくらいだ)そうでない人のためにまとめておく。
所得倍増計画は極めて単純化するならば「普通の(ケインズ)経済学」の理念に基づいた需要と供給の最適化を国家が行うというものだった。このために最初は世界銀行からお金を借りてインフラを作り、輸出企業を儲けさせ、その分配を賃金という形で労働者に分配する。それを貯蓄させた上で財政投融資に回し、それでインフラ作りを加速するという循環を作った。
ケインズ経済学なので「流れ」を作っただけなのだが(流れを作れば後は人々は自分の欲求を追求するので自然に流れが加速する)この政策には「計画」という名前がついている。日本は戦時に国家総動員体制を敷いており戦後も計画経済志向が強かった。このためあたかも「賃金の伸びが予定されている」ような印象を与えるために給料が増えるための計画と説明した。さらに池田勇人首相は政策立案を下村治らに任せ「私は集票を担当する」とした。細かい計画は政権成立後大蔵省などがになったのではないかと思う。国民はここまで準備した上で「あとは票を入れるだけですよ」としないと乗ってこない。
この政府や政治家におまかせしておけば後は自然に給料が上がってしまうという誤解はその後の日本政治にあまりよくない影響を与えたのではないか。後年伝わる逸話から池田勇人は「国民を甘やかしてしまった」と後悔していたようだ。
今回の玉木雄一郎国民党代表の投稿は投稿そのものよりもコメントが面白かった。そもそも高度経済成長もバブルも知らないという人が増えているので「低成長」が所与になっている。このため玉木氏の説明が全て詐欺のようにしか思えないのだろう。政治不信というより我が国の経済に対する根強い不信があることがわかる。だが国民は成長しない世界しか知らない。国民が現在どこにいるのかを知る上では、玉木氏にとっても他の人たちにとっても貴重な資料となったのではないかと感じる。
お金には二つの異なるイメージがある。一つは目の前に積まれている札束や預金通帳の残高である。これを使えば残高は減ってしまう。これがストックとしてのお金のイメージだ。一方で経済学や経営学ではお金を流れとして考える。実際に流れているのは財やサービスなのだがそれは目には見えない。そこで流れてゆくお金をマーカーとして利用する。これがフローとしてのお金である。
フローとしてのお金(実際には右から左に流れる財やサービス)にはそれぞれの人が少しずつ「付加価値」をつけてゆく。だからたくさんお金を流せばそれ以上のものがお金として戻ってくる。これが経済の好循環である。
一旦好循環ができたら後はそれを助けてやればいい。デジタル化の推進などもその一助になるだろう。またいうまでもないことだがポスト工業化時代の生産性の向上に重要なのは港湾や鉄土などではなく人材インフラの充実こそが重要だ。
当ブログでは「所得倍増計画のようなフローを作ればいいのでは」とか「ドイツのように産業集積地を複数作って企業環境を整えればいいのでは」などと書いてきたが、結局のところ所与の経済がポテンシャルとして持っている最大の効果を発揮できるように政治が需要供給均衡の最適化を図らなければならないという点に帰着する。よく考えてみればこれはMBAで統計の次くらいに習う経済101の授業内容とさほど変わりはない。つまり、日本経済は基本からやり直すことが必要で、政治家はそれをリードしなければならないということになる。