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稼げないから出てゆく 最低賃金を上げても地方から都市に若者が流出する単純な理由

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朝日新聞が最低賃金について書いている。地域間に賃金のばらつきがあるため若者が地域に居付かないからなんとかしてほしいという。ただこの議論は根本が間違っている。最低賃金は結果であって原因ではない。例えばドイツの事例と比べると「議論の何が間違っているのか」がよくわかる。

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朝日新聞はどうやら全国一律の最低賃金を導入したいようだ。地方で最低賃金が上がれば人が戻ってくると考えているのだろう。この記事をどう評価すべきか?と思った。朝日新聞にもソリューションは書かれおらず単に「困った」としか言っていない。色々と資料を探したところ「どうやら議論の組み立てが間違っている」と感じた。

最低賃金は原因ではなく結果なのである。

まず最初の記事に違和感を感じた。地方議会では最低賃金を全国一律にしてほしいという要望を出すところが多いそうだ。確かに最低賃金の格差は広がっている。共同通信に記事があった。賃金格差は1時間あたり220円になり10年で15円広がったのだという。ここから「最低賃金の格差が拡大したことで人がいなくなった」という類推が広がったのかもしれない。

朝日新聞は東北の事情も扱っている。2023年10月の記事である。東京に追いつくことができないがかと言って大幅に賃金を上げるのも難しいなどと書かれている。結局結論は出ないようだ。

さらに調べたところ東京新聞の記事が見つかった。驚くべきことが書いてある。「最低賃金に差があるから流出が起こっている」という科学的なデータはないそうだ。つまり全国の議会の要望には全く科学的根拠がないのである。

一方、地域で差をつけると、最賃の低い地方から高い都市部へ人口が流出してしまう懸念が指摘されています。ただ、最賃の高い東京は生活費も高く、引っ越しで必ずしも生活が楽になるわけではありません。最賃によって人口の流出が起きる因果関係を特定した研究もありません。

最適賃金ではなく「賃金」では説明ができるだろうか。少し古いが2015年の記事が出てきた。ここでは都市の集積が賃金を上げると書いている。都市に出るだけで「学習効果」が働き生産性が向上するという。

都市には魔法がある。この記事は「都市は混み合っているからこそ生産性が高くなる」と言っており1890年の極めて古い研究を持ち出している。この結果はその後の研究でも支持され続けているそうだ。

まとめると次のようなことが書かれている。集積(都市化)が原因であって賃金は結果だ。そして地方がまばらである限りこの条件が覆ることはない。

  • 集積地における投入産出連関効果の高さ(さまざまな産業が狭い地域に密集していて生産性が高い)
  • 労働者と企業のよりよいマッチング(職場と労働者が出会いやすい)
  • 観測できないような活発な知識波及などから生じる正の外部性(人々の交流が盛んになり知的刺激を得やすい)

さらに厳密に観察すると次のような知見が得られるという。

  • 生産性の高い優秀な仕事を求めて都市に集まるがその「優秀さ」を統計的に計測することは難しい。
  • 都市に出ていった人たちは優秀な人たちから新しい知見を得る(学習効果)がある。

では東京だけが一人勝ちし地方は諦めるしかないのか。GDPで日本を抜いたドイツについての研究が同じRIETIのウェブサイトに出ていた。重要なのは政治の役割である。特にドイツでは地方政府が活躍することによって多くの産業集積地ができている。

ドイツは日本人と比べると44.4%しか労働していない。にもかかわらずドイツのGDPは日本を追い抜いた。ドイツも日本も製造業中心の国だがドイツは盛んに外国に物を売り出した。一方で日本は親会社が海外に流出してしまい中小企業が取り残された。つまり地方には生産性の低い会社だけが取り残されてしまった。取り残された企業は海外に出ることを考えず国内で限られた市場を奪い合うことになり疲弊した。

ドイツは連邦制の国である。このため別の州に企業が移っただけで大打撃になってしまう。そのため企業誘致後のアフターケアが非常に手厚い。企業が逃げ出せば住民が逃げ出すことがわかっているからである。ドイツ企業も単一市場である東欧に工場を建てれば儲かることは分かっていたが彼らはそれをしなかった。日本は中央集権のためにこうした地域間競争が働きにくい上に企業にもさほど「郷土愛」がなくあっさりと日本を捨てて外に出ていってしまう。

産学連携にも違いがある。先の研究から都市の集積と生産性は優秀な人材によって成り立つのだから地方の国立大学がそのハブになることはできたであろう。だが日本の地方大学の産学連携はボランティア的に行われており、ドイツのような行政の支援は期待できないという。

また企業誘致にも積極的なのだそうだ。次のような一文がある。

例えば、ドイツでは、地方政府の下に「経済振興公社(Business Development GmbH)」がある。地方政府が100%株式を保有する株式会社であり、経済部門の実働部隊である。経済振興公社の最も重要な業務は、「企業誘致」と「輸出振興」である。このため、産業クラスターの活動の一環として位置付けられているか否かに関係なく、中小企業の輸出振興支援は、経済振興公社による活動が最も大きい。日本の地方自治体には、土地公社や住宅公社はあっても、輸出を支援する公社はない。

日本の構造は東京(関東)・大阪(近畿)・名古屋(中京)・福岡あたりを集積地としているが、ほぼ東京の一人勝ちと言っていい状態である。一方で連邦制のドイツにはミュンヘンやデュッセルドルフ以外の地方にも産業クラスターが存在するという。

まとめると次のようになる。都市はそもそも人口が密集しているから労働生産性が高くなる。すると平均的な生活コストは上がるから最低賃金はその結果として上がる。だから因果関係を逆転させても問題は解決しない。つまり、若者が流出するからといって最低賃金を上げても全く効果はないのだし、そもそも上げようとしても地元の産業はそれについてゆくことなどできない。

だが必ずしもこれが東京の一極集中につながるとはかぎらない。現にドイツは地方が産業集積地をきめ細かく作ることに成功した。

このように細かく見てゆくと日本人が作った文献からも地方創生について議論をすることは十分に可能だ。また台湾から企業が1つやってくるだけで熊本にバブルが起きていることからも産業集積の重要さがわかる。ただ半導体にのみ依存する単純な産業構造は日本にとって大きなリスクとなるだろう。

日本には地方主導の産業政策をリードする政治家がいない。マスコミも独自分析力をなくしているため(新聞社がシンクタンクを持っているという話は聞かない)結局「困った困った」以上の話が出てこない。

有権者は目の前に提示されたものの中から選択することはできるが、何もなければ何も選ぶことはできない。結果的にさまざまなものが犯人扱いされ実効性のない議決だけが乱立することになる。極めて要領が悪い生産性がない議論が続いているということだ。砂漠化した地方では限られたパイを奪い合う競争が繰り広げられており多くの労働者が疲弊している。

残念ながらこれが日本の置かれた現在地のようだ。

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