フランスで中絶の権利が憲法に書き込まれた。確かに大きな問題ではあるが「わざわざ憲法に書き入れるほどなのだろうか」という気もする。日本では御名御璽(天皇の名前と印鑑)が重要だがフランスは大きなプレス機をみんなで回して浮き彫りを刻印する儀式が行われるのだという。やはりフランス人にとっても憲法は特別なもののようだ。
フランスと言えばカトリックの国でありカトリックでは中絶は殺人ということになっている。そのフランスで中絶の権利が憲法に書き込まれるのかと驚いた人も多いかもしれない。
AFPはアメリカとポーランドの動きが背景にあったと書き、BBCもアメリカで台頭する中絶禁止の議論の影響を指摘する。ヨーロッパ人はアメリカで起きていることをかなり深刻に受け止めているようだ。
フランスでは22008年以降25回も改正されているという。日本では憲法改正の議論は極めて難しいとされているがフランスはなぜ頻繁に憲法改正を行うことができるのか。BBCにはその背景も説明されている。
フランスで憲法改正が行われすでに項目のある女性の権利の一環として中絶の権利が憲法に加えられた。憲法を改正するためには3/5の賛成が必要だそうだが賛成780反対72で可決されたという。
フランスでは憲法が改正されると議会の紋章をプレスする儀式が行われるという。AFPにその様子が収められている。厚紙が挟まれた巨大なプレス機を数人がかりで回し刻印を浮かび上がらせるのだという。日本では天皇の名前と印鑑(御名御璽)が神聖な役割を持っているが、やはり民主主義の国だという気がする。
日本では「憲法に中絶の権利が書き込まれるのは世界で初めてだ」などと短く報道されているがBBCが背景をかなり詳細に書いている。憲法にはすでに女性の権利に関する項目があり中絶権はそこに書き込まれた。
カトリックは当然中絶には反対の立場だったが国民の多く(85%)が中絶権を認めるべきだと考えておりカトリックの影響力は小さくなっているようだ。
フランスではすでに1975年に中絶が合法化されている。その後も中絶の権利は拡大を続けており、フランスで中絶権が危機にさらされているという事実はない。
にもかかわらず中絶権が憲法に書き込まれた背景にはアメリカやポーランドなどで進む「中絶禁止」の動きがあるそうだ。特に長年アメリカの中絶賛成派(プロチョイス)の論拠となっていたロー対ウエイド判決が最高裁判所で覆ったことが今回の議論の直接のきっかけとなっている。アメリカで起きている揺り戻しの動きがフランスでは深刻に受け止められていたことがわかる。同盟関係は重要視するもののアメリカの内政にはほとんど興味を持たない日本とは全く受け止め方が違っている。
憲法改正に関する考え方もまた日本と全く違っている。日本では戦後に憲法が全面改正されてから一度も憲法改正は行われていない。フランスの憲法は1958年に制定されているそうだがBBCによれば2008年以降25回も改正されているという。
なぜフランスはそんなに頻繁に憲法改正ができるのか。
憲法改正に関する説明が日本とは全く違っている。日本で憲法を改正したいのは主に「憲法の縛りがきつすぎて政権担当者が好き勝手にできない」と考える人たちである。つまり憲法の形骸化が主な目的といえるだろう。現行憲法は形式上は国民が議論して決めたことになっているがやはりアメリカの価値観を押し付けられたと考える政治家が多いことが窺える。
今回のフランスの憲法改正においてアタル首相はまったく真逆の説明をしている。政権交代が前提になっていて「自分達ではない他の政党が政権を担当した場合権利が保障されない可能性がある」からこそ修正が難しい憲法に書き込んで権利をしっかり守るべきであると説明している。政権政党がずっと同じであることを前提にした日本でこのようなことを言い出す人がいてもおそらく意味不明だと感じられてしまうだろう。
投票前にはガブリエル・アッタル首相が議会に対し、中絶権は依然として「危険にさらされて」おり、「政策決定者のなすがまま」だと述べた。
フランスの憲法が頻繁に改正される理由はおそらくこの辺りにあるのではないだろうか。穿った見方をすれば2つの狙いがあるといえる。
まず、極右の政権が誕生したらあなたたちの権利が奪われるかもしれないですよと仄めかしている。次にそもそも中絶は合法であり憲法に書き込まれたとしても何かが大きく変わるわけではない。財政的に行き詰まりを見せるフランス政府にとっては「タダで国民に配ることができるギフト」ということになる。反対派からは当然のように「マクロン大統領が憲法を選挙のために利用している」という批判が出たそうである。