参議院審議で岸田総理が「部下の正直すぎる」答弁に大慌てする場面があった。今回この答弁を引き出したのは維新の音喜多駿氏だ。音喜多氏は「負担軽減は努力義務であって禁止ではない」と質問すると加藤氏は「当然考慮は禁止ではないから上がることもある」と正直に答弁した。こども家庭庁もこれに同調し「可能性はあるが自動的に上がるわけではない」と答えた。これに慌てたのが岸田総理である。「法律的にはそうかもしれないが政治的には考えていない」と意味不明の私見を述べた。
この「政治的には考えていない」についてはもう少し国会で政府全体の本音を聞いた方がいいのかもしれない。実は自民党の古川禎久・財政健全化推進本部長がプライマリーバランス健全化の方針は堅持すると表明している。つまり財政健全化を急ぐと言っている。古川氏は「医療・介護制度などの見直し論議は避けては通れない。政治が覚悟をもって財政の持続可能性に道筋を付ける必要がある」と国民負担増加の議論は避けて通れないとの主張を展開している。
つまり加藤鮎子大臣の答弁は本来の政府方針に沿ったものと考えられる。岸田総理だけがなんとかして「増税や負担増はない」と見せたがっているが実際には負担増の可能性を排除しない議論が始まっている。
加藤担当大臣はこの「正直すぎる」答弁の後は答弁書の朗読に終始し批判を浴びた。普段は滅多に怒ることがないという岸田総理が早口で弁明しており「自分は言ってはいけないことを言ってしまった」ということはわかったのだろう。
だが、加藤大臣の答弁は間違ってない。加藤大臣もこども家庭庁も法律の意図通りのことを言っているに過ぎない。音喜多氏の発言がクリーンヒットになったのは「政府は単純なことさえも説明できない」という事実をシンプルに国会審議の場で晒した点にある。衆議院の野党審議は「政治とカネ」の問題に終始しあまりこの点については触れられてこなかった。TBSのNewsDigでは大慌てする岸田総理の様子をみることができる。
岸田総理は「国会答弁を通じて政府が勝手に上げることはない」と言っているがこれはおかしな答弁だ。
「これは法律論としてはそのとおりかもしれませんが、政治的には、こうした答弁を通じて負担増加は考えていない。再三申し上げている。国会答弁を通じて、勝手に政府が負担率を上げるなどということはない」
第一に答弁で勝手に「負担を上げますからよろしく」などと言ってもらっては困る。次に法律を読めば「負担率を上げることができる法律」であることは間違いがない。「勝手に」という言い方は語弊があるがすくなくとも国会で審議してもらって許可があった時にだけ上げられるという法律ではない。実際には厚生労働省の審議会などで負担の議論をして額を決めてゆくのだろう。国会は法律を作る場所なのだから「法律論はそうかもしれませんが」と言っている時点で「そういう法律を通させてください」と言っていることにしかならない。
実は衆議院で開かれた中央公聴会ではすでに出ていた論点だった。国民民主党と維新は政府の狙いがよくわかっている。岸田総理は自民党の財政再建派を抑えることができていない。これは財政健全化推進本部長の「医療・介護などの見直し議論は避けて通れない」という発言からも明白である。ところが「増税総理」と揶揄されることを恐れており「保険料の中に混ぜ込めば目立たないのではないか」と考えた。つまり分かりにくくすることで乗り切ろうとしているのだ。
NHKが報じるところによると国民民主党と維新の専門家はそれぞれ「受益と負担の関係が分かりにくくなる」と言っている。つまり本来の保険制度に違う費目が混ぜられることによって分かりにくくする狙いがあることを見抜きそれを端的に表現している。NHKの表現は次のとおり。
日本維新の会と教育無償化を実現する会が推薦した学習院大学教授の鈴木亘氏は、少子化対策の財源として公的医療保険を通じて集める支援金制度について、「社会保険は、医療なら医療、介護なら介護と、受益と負担がリンクしているのが原則だが、子育て支援はそうではない。支援金制度は社会保険制度を壊しかねず考え直したほうがよい。子育て負担の新たな税制や保険を作るのも1つの手だ」と述べました。
国民民主党が推薦した日本総合研究所理事の西沢和彦氏は、少子化対策の支援金制度について、「年収の低い現役世代にとっては、所得税、住民税より社会保険料の負担のほうが重い。そこに、さらに支援金を上乗せしていいのか。負担と受益がリンクするからこそ納得感が伴う。租税のほうが公平だ」と述べました。
本来ならば加藤大臣はこの辺りを踏まえた上で(おそらくは不敵な笑みなどを浮かべながら)確かに法律の条文はそうなっているが「政治的にはありえないと岸田総理も言っている」などと答弁すべきだったのだろう。「どうせ様々な費目がごっちゃに議論されることになるので国民は気がつきませんよ」ということであり「費用が増えるんだから納得感なんか関係ありませんよ」ということだ。ここで野党は期待通りの答弁が得られないと苛立ってくれれば「政権の勝ち」である。
若い大臣の正直さは国民にとっては歓迎すべきものだったが岸田総理はそれが気に入らなかったようだ。
おそらく岸田総理の頭の中は選挙に勝利し総裁選再選を確実にした上で「景気浮揚宣言から負担議論をしよう」というのが既定路線になっている。国民生活には景気浮揚の実感はないが、政府は近くデフレ脱却宣言を出すのではないかなどと報道される。「春闘で一定の成果が得られ株価上昇で政府が市場の信任を得た」との一方的な宣言だ。
さらに安倍総理以来となるアメリカ議会演説で弾みをつけて解散総選挙を行えば清和会裏金議員にとってふりな選挙となる。このため自分に比較的有利な条件で選挙ができるという狙いがあるのだろう。
このように「デフレ脱却宣言」は政治的・選挙戦略的には非常に大切なキーイベントとみなされている。あくまでも政局をどう乗り切るかが焦点なのでインフレの恩恵を受けられず「スタグフレーション」に悩む国民を置いてゆくことになるだろう。閣議後の会見でマイナス金利とデフレ脱却宣言の順番について聞かれた新藤経済再生担当大臣は詳細を明らかにしなかった。解散も含めて岸田総理続投のための秘策という扱いになっていることがわかる。