ミッチ・マコネル上院議員が11月に院内総務を退任する。上院議員の職には止まるとしている。ロイターやCNNが伝えている。共和党の穏健保守の最後の砦という印象の人物であり結果的にトランプ化がより一層加速するのではないかとの懸念がある。
ミッチ・マコネル上院議員は現在82歳。ケンタッキー州で司法資格を持ち前職は弁護士だった。1985年からケンタッキー州の連邦上院議員となり2007年から院内総務を務めている。院内総務としては異例の長さなのだそうだ。伝統的な共和党を代表する人で2021年1月の議事堂選挙事件においてはトランプ大統領(当時)の関与を指摘しトランプ氏を非難していた。
高齢による健康問題を抱えており突然黙り込むことが度々あったそうだ。2023年7月には突然黙り込んだことで異変に気がついた人たちがマコネル氏を退席させた。その後戻ってきて記者たちへの質疑応答を続けた。8月末にも2026年に再選を目指すか?と聞かれ30秒ほど質問に答えることができなかったそうである。YouTubeの映像はかなり生々しい。
マコネル氏自身がトランプ氏と対峙するのは難しそうだが退任までの時間を稼いだことで次の院内総務にトランプ氏のブレーキになりそうな人物を選ぶことができる余地はかろうじて残ったことになる。
今回の退任について時事通信は根拠なくトランプ化が進むであろうと予測しているがBBCは後任候補を挙げている。
今後誰が、上院共和党を率いることになるのかは不明だが、マコネル氏の後任としてワシントンでよく名前が挙げられる人物がいる。ジョン・コーニン上院議員(テキサス州)、ジョン・バラッソ上院議員(ワイオミング州)、ジョン・チューン上院議員(サウスダコタ州)の3人だ。
今後共和党がどのように展開するかについては後任人事も含めて注視する必要がある。トランプ氏の信奉する狂人理論戦略で重要なのは議会とトランプ氏のスタッフの構成だ。ニクソン氏とキッシンジャー氏の関係のようにスタッフが優秀であれば状況の打開に役立つ可能性があるが集団が狂気に蝕まれる可能性も否定できない。マコネル氏は退任を早めに発表することで次の院内総務人選の時間を作った。政治家としては適切な判断なのではないか。
現在、アメリカ共和党には2つの勢力がある。1つはマコネル氏に代表されるような伝統的な保守主義者達である。
だが「アメリカというゲーム」が自分達の頑張りに報いてくれないと不満を感じる人たちも増えている。この時に「自分達が勝てないのはゲームのルールが悪いからだ」と思う人や「そもそも勝てないゲームだったらメチャクチャになってしまえばいいのに」と考えてしまう人がいる。こうしたアンビバレントな気持ちを掬い取ったのがトランプ氏だ。トランプ氏の支持者であるMAGA共和党員と呼ばれる人たちは「自分達の思い通りにならないのであればゲーム(民主主義)を破壊したい」という根強い衝動を持っている。
この衝動が最もよく現れているのが予算審議である。
政府閉鎖が迫っておりバイデン大統領が苛立ちを募らせていた。下院は2週間休会に入りギリギリまで何も審議しないことを決めた。バイデン大統領は議会指導部と話し合ったが全く進展する兆しがない。そこで民主党のシューマー上院院内総務・ハリス副大統領(最近では上院議長としての活動の方が目立っている)が下院のジョンソン議長との間に会合を持った。締め切りは3月2日なのだが28日になってやっと合意が成立しつなぎ予算が採決される見通しがたった。12本の予算案のうち6本が3月8日までに、残りが22日までに採決されることになりそうだ。
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日本同様アメリカの議会も「茶番」をやることがある。だがアメリカ人の茶番は「これは本当の狂気なのでは?」と感じさせる本格的なものだ。
マコネル氏ら上院の共和党はさすがに民主主義やアメリカのプレゼンスを破壊してまで自分たちの党利党略を通そうという姿勢は持っていない。穏健な共和党支持者を離反させることになると知っているからだ。
だが状況は穏健派にとって好ましいものとは言えない。トランプ派は着々と共和党の掌握を図っている。最近、全国委員会(RNC)のマクダニエル委員長が辞任を発表した。
「共和党の資金をトランプ氏の巨額の裁判費用に充てるのでは」という疑念が生じているとNHKは書いている。マクダニエル委員長もトランプ支持だったが、トランプ氏は「お金集めが下手である」とマクダニエル委員長を批判していたのだという。
トランプ氏はノースカロライナのワトリー委員長を推薦するとしている。また共同委員長には義理の娘(次男の妻なのだそうだ)であるララ・トランプ氏を推薦するとしている。このように党全体ではトランプ派の囲い込みが進んでいる。共和党をファミリー化して自分の選挙ビジネスに利用しようということなのだろう。
ワトリー氏は最終的にはバイデン大統領の再選を認めたものの当初は「選挙が盗まれた」とするトランプ大統領(当時)の発言を支持していた。
トランプ氏にとって大統領選挙も大統領職も一種のビジネスだ。大統領職は一種の最強の切り札のように考えられており「大統領である限り何をやってもいいのだ」と考えているようである。
そんなトランプ氏にとって最大の懸案事項は訴訟問題である。最高裁判所が免責特権の審査を始めた。トランプ氏の訴えは「大統領は任期中はアメリカの王様である」というようなものなので最高裁判所がこれを認める可能性は必ずしも高くないようだが審議を引き伸ばすことで大統領就任までの時間稼ぎをする可能性はある。大統領に再選されれば「自分で自分を恩赦する」というシナリオも想定される。
もともと健康不安を抱えているマコネル氏が院内総務を退任するというのは適切な判断だろう。まともな政治家は政治とビジネスが癒着したトランプ氏の思考にうまく対応できない。少なくとも次の人事に影響を与える余地を残すことで最悪の事態に備えようということなのかもしれない。アメリカ穏健保守の抱える切迫した状況を感じさせる退任劇となったが、おそらく日本の保守もこの程度の心配はしておいた方がいいのではないかと思う。