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ポーランドの農家が貨物列車を襲撃し中身をぶちまける 狙いはウクライナからの穀物の入境阻止

ロシアのウクライナ侵攻から2年が経った。日本では「戦争はいけないことだからやめないといけない」という道徳的報道と「ロシアの増長を許すと日本もやられかねない」という「力」を意識した報道の二極化状態が続いている。社会問題というより議論をしている人の心理的な主張が投影されているのだろう。日本の政治闘争は自分達が道徳的に扱われていないという人と力が足りないと感じている人たちがいる。だがそれを直接相手に主張できないために政治に問題を投影しお互いにぶちまけ合う傾向にある。

一方のヨーロッパではこの問題は生活に直結した切実な問題と扱われている。問題は極めて複雑に結合していおり結果的にタールボールのような混合物ができてる。農業、移民、環境問題、ナショナリズムなどが複雑に絡み合っておりどこから手をつけていいかよくわからない状況だ。

ポーランドの農家がウクライナから入ってくる貨物列車を収奪し積荷をぶちまけた。積荷はウクライナからの小麦などの穀物だった。なぜこんなことになったのか。

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EUは環境保護などの観点から農家にさまざまな規制をかけている。ウクライナはそうした規制に従う必要がないため安い穀物(穀物とは主にとうもろこしと小麦だそうだ)を生産できる。当然のことながらヨーロッパの消費者たちは安い穀物と食べたいと考えてウクライナ産の穀物を買いたがるだろう。そこでEUはウクライナ産の穀物に関税をかけていた。

ここで「関税を撤廃したためにEUの農家が怒っているんだな」と予想したくなる。確かにそうなのだが、実際の状況はもう少し複雑である。

ロシアのウクライナ侵攻が起こると穀物不足が予想され一度は穀物価格が上がっていた。ところがこの価格上昇は数ヶ月でおさまってしまう。ロシアやブラジルなどの輸出がウクライナの穀物不足をカバーしてしまったのだ。しかし、ポーランドの農業大臣は農家に対して「価格は上がるかもしれないから穀物を作り続けてくれ」と呼びかけた。これが裏目に出たのだという。作り過ぎた穀物価格は下落せず穀物の在庫が農家に滞留するようになった。

話はこれでは終わらなかった。ロシアが黒海の港を封鎖すると対抗措置としてウクライナからの関税が撤廃された。対ヨーロッパだけでなく中東やアジアにウクライナ産の穀物を回す目的があったそうだ。だが結果的に多くの穀物がポーランドに流通した。穀物価格が下落すると在庫を抱えた農家はますます自分が持っている穀物を売れなくなる。不満が蓄積していった。

選挙を直前に控えていたPiSは2023年4月にウクライナ産の穀物の輸入を禁止した。ハンガリー、スロバキア、ブルガリアもこれに追随した。当然EUとの間に激しい議論が起きた。

これがロイターの記事が書かれた2023年5月ごろの状態だった。

問題は非常に複雑だ。

穀物価格は世界中の農家が何を植えるかによって激しく乱高下する。「小麦が高く売れるぞ」と農家が考えれば小麦を植える人が増える。小麦の価格が下落すると小麦農家は赤字を出してしまう。農業がギャンブル化している。

第二にポーランドの農業大臣が農家に対して穀物の増産をけしかけていて、その結果として多くの穀物在庫が滞留している。そもそも予想が難しい上に政治の失敗もあった。

消費者は当然安い穀物が食べたい。

ではウクライナの農家がトクをしているのかということになる。実は黒海ルートよりもヨーロッパルートの方が輸送コストが高いそうだ。つまりウクライナの農家も思ったような収益が得られていない。

問題が複雑化しても農家はそれを分析できない。ウクライナ産の穀物を積んだトラックや列車が多くなるに比例して自分達が作った穀物の取り扱いが減り結果として自分達が損をしているというような「印象」がうまれる。

EUは「ポーランドなどは通過するだけです」と説明している。これを「連帯の通路」というそうだ。だがEUは各国の状況を理解せず環境や民主主義の保護などの理念を各国に押し付ける傾向にある。

それぞれの国の事情もある。ハンガリーのとうもろこしに発生したカビ被害がそれに当たる。品質不良のためにハンガリー産ではなくウクライナ産のとうもろこしが人気を集めたそうである。

ポーランドでは農村からの支持が高くEUに対決姿勢を見せていたPiSが選挙に負けてしまい政権が入れ替わった。現在の政権はEUの補助金などに期待している。このためポーランド外務省は「ウクライナの穀物を妨害するとロシアに有利になる」などと農家を説得しているそうだ。

ポーランドの事情だけを見ると「政治の失敗なのではないか」と思えるのだが、実際には抗議活動が東欧だけでなく西欧にも広がっている。CNNはフランス、イタリア、スペイン、ルーマニア、ギリシャ、ドイツ、オランダにまで抗議活動が広がっていると書いている。

どうやら問題は各国の事情を複雑に取り込みつつウィルスのように感染を始めてしまったらしい。BBCが次のように書いている。手法がテレビニュースに乗って各国に伝播している。

ポーランドの農家たちは最近ヨーロッパで流行している抗議活動で存在感を示している。トラクターを大量にウクライナとの国境に集結させて国境に続く道路をブロックしている。安価なウクライナ産穀物の輸入制限を求めているだけでなく、農薬と肥料の使用に関するEUの規制に対しても抗議している。

ギリシャでも農民反乱が起きていて国会議事堂への抗議運動が行われている。こちらは高いエネルギー価格や生産コストだけでなく気候変動によっても打撃を受けているとされる。ギリシャの農民たちは電気料金の割引やディーゼルに関する税還付の延期などを政府と「交渉」しているのだという。ギリシャの農民もポーランドの農民と同様にギリシャ国旗を振りながらデモ活動を行なっており、ナショナリズムとの結びつきも感じさせる。

農家は「俺たちが食糧を作っているからお前たちが食べられているんだぞ」と言っている。一方の政府は「農家の要求を全て叶えることはできない」と反論する。落とし所が見つからない。

政府にはお金がないという主張をどこかで聞いたことがあるぞと思った。実はドイツの財務大臣も1月中旬に農家に「政府にはお金がない」と指摘をしている。当時ドイツではトラクターによるベルリン封鎖が行われていた。こちらにはEU議会選挙での躍進を狙う極右が背景にいるという指摘もある。

フランスの新しい首相アタル氏も同じような状況に置かれている。フランスの農家は高速道路をトラクターで定速運転をし交通路を妨害していた。これはエスカルゴ作戦などと言われていた。アタル首相は牧草を挟んで農家と向かい合い対策を約束した。エスカルゴ作戦は現在は小休止状態になっていて、アタル首相が対策を取りまとめている。事実上の期限はパリで行われる農業フェアと言われており結果次第では抗議活動が再開する可能性があるとされている。

その結果を伝える読売新聞は次のように書いている。おそらく農民たちはアタル首相のとりまとめた政策では満足しなかったのだろう。

マクロン氏が24日、視察に訪れたパリ郊外の大規模農業見本市の会場には農家のデモ隊が押し寄せていた。デモ隊は警官隊と衝突し、約2時間にわたって議論したマクロン氏に「うそつき」などと罵声も浴びせた。

マクロン大統領はG7のオンライン会合を欠席したそうだ。

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