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崩壊寸前? 韓国の大きな病院に務める74%の研修医が辞表を提出し救急医療などが混乱

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韓国で大規模な医師のストライキが起きている。政府が医師不足を懸念し医学生の数を増やそうとしたところ既得権を脅かされると感じた研修医たちが次々と辞表を提出する騒ぎになったというのが発端だ。韓国では専攻医と表現されている。基礎研修を終えて専門研修に入った人たちを専攻医というのだそうである。

韓国政府は医師不足への対策として医学部の定員増加を発表した。これに反発する形で研修医ら6000人が辞表を提出しているというのがNHKの報道だ。現在の定員は3058人だがこれを2000人増やして5058人にする計画だった。このため手術の延期や救急外来への対応ができなくなるなど混乱が生じている。

つまり韓国では政府と医師が対立しており医師たちが医療をボイコットするという騒ぎになっている。日本では医師会と自民党の「癒着」が問題になったりする。この日本から韓国の状況を見ると全く理解できないと感じる。背景にあるのは病院の民営化とソウルへの一極集中だ。つまり免許制にもかかわらず市場原理を入れてしまったために混乱しているのである。

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政府はストライキにに反発し首謀者を逮捕すると示唆した。ロイターによると辞表提出者は7813人に増えている。またロイターは「政府は2035年までに医学生を10,000人ほど増員する計画」としている。ロイターの記事によると国民の76%が医学部増員を支持しているという。つまり国民は医師の「クーデター」を快く思っていない。

聯合ニュースはこのニュースで持ちきりになっている。医師は代替不可能な人材であるためこれまでの対決では医師側が勝ってきた。これまでの医療改革は医薬分業、遠隔医療の推進などで改革を諦めさせた成果があるそうだ。文在寅政権下ではコロナ感染拡大を踏まえて医学生を増やそうとして諦めたということもあった。

聯合ニュースによれば、今回は主要病院の専攻医のうち74.4%にあたる9275人が辞表を提出している。また全国の医学生の62.7%にあたる1万8793人が休学を宣言したそうだ。つまりNHKの報道よりも辞表提出者が増えていることになる。

NHKは研修医としているが聯合ニュースは「専攻医」と言っている。初期研修を受けて専門研修に入った段階の医師をこう呼ぶのだそうだ。すでに地位を獲得している医師よりも危機感が強いのかもしれない。医師になるためにはそれなりのお金がかかるのだろうからこれからそれを回収しなければならないと感じているはずである。

ではなぜ政府は医師の定員を増やそうとしているのか。民営化の失敗と深刻な地方格差がある。2018年(文在寅政権下)の医療の地方格差について扱ったハンギョレ新聞の記事には次のような記述がある。それぞれの政権がつぎはぎ的な改革を進めた結果状況が混乱した。

人道主義を実践する医師協議会のチョン・ヒョンジュン政策局長は「民間病院に公共医療を任せるのは、李明博(イ・ミョンバク)、朴槿恵(パク・クネ)政府の時に始まったこと」だとし、「民間病院はいくら報酬を上げても、結核やMERSなどお金にならない診療をきちんと行うことはできない」と指摘した。また、彼は「盧武鉉(ノ・ムヒョン)政府時代の『公共病院30%拡充』という目標にも及ばない不十分なレベルの計画」と付け加えた。ある国立大学病院の医師は「韓国のように患者の特定病院への集中が激しい国で、政府が観念的に責任医療機関を指定して、垂直的な体系を設けても、システムがちゃんと回りはしないだろう」とし、「医療システムの公共性を高める方向ではなく、継ぎはぎの政策」だと批判した。

医療に市場原理を導入すると当然医師は高い報酬を求めてソウルにある病院に集まる。2023年10月に書かれた聯合ニュースの記事は次のように説明している。これが尹錫悦政権の方針なのだろう。

  • 韓国ではソウル大附属病院とセブランス病院、サムスンソウル病院、ソウル聖母病院、ソウル峨山病院が「ビッグ5」と呼ばれている。
  • 韓国政府は19日、地方の医師不足などによる医療崩壊の危機に対応するための「地域完結的必須医療革新戦略」を発表した。
  • 地方の国立大附属病院を「ビッグ5」と呼ばれるソウルの大手病院のレベルに育て、医療サービスや必須医療サービスを強化する。

このため医学生の教育を教育部(文部科学省にあたる)から保健福祉部(厚生労働省)に移したうえでで必要な対策をとるとしていた。

このように概観すると「政府の対策に対して医学界が反発している」ような構図を描きがちだ。だが最近こんなニュースがあった。

韓国の革新系野党(文在寅政権の時の与党)「共に民主党」の李在明代表が何者かに首を刺された。李在明氏はいったん釜山の大学病院に運び込まれたのだが、どいうわけかヘリコプターでソウル大学病院に搬送された。いわゆる「ビッグ5」に移ったのだ。これは政治家の特権であるとして批判の対象になった。李在明氏も本音では「地方の病院など信頼できない」と感じていたことになる。地方と言っても釜山の大学病院なのでそんなにひどい病院ではないはずだがそれでも命を預けたいとは思わなかったのだろう。

当然、医師に「李在明氏の対応は釜山では無理なのか?」という質問が予想される。文在寅内閣も地方医療の充実を制作目標として掲げており、どうしても会見が政治的になってしまう。このため医師は会見対応をしなかった。だが、韓国では誰もが「李在明氏は釜山の医療を信頼していないのだろう」「文在寅政権の改革は失敗したかそもそもやる気がなかったのだ」と受け止めるだろう。

日本では確定申告の季節になり「なぜ政治家だけが特別なのか」という不満を税務署の末端職員にぶちまける人が増えているという。韓国にも似たような状況にある。「なぜ政治家だけは特別扱いでヘリでソウルの大学に運んでもらえるのか」という不満を医療従事者に漏らす人が増えているそうだ。

これまで積み重なった政治の不始末もあり韓国の医療は大きく混乱している。結果的に不利益は全て医療を求める国民に向かいそのクレームは医療従事者が受けることになる。

政府は民営化を推進したが医師の免許制は残した。このため医師は既得権益になってしまい政府の対策に反対している。だから医師を数を増やしたところで地方の医療が充実するという保証はない。高いお金を出して医師免許を取った人はおそらく高いリターンを求めるだろう。結局ソウルに医師が集中して終わりになる可能性もあるわけである。

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