「猫が捕まえた獲物をいたぶるように」そんな表現がまず頭に浮かんだ。
ロシアの野党指導者ナワリヌイ氏が亡くなったとロシア当局が発表した。ロシア当局は死因はこれから調べますとしているが、プーチン大統領は大統領選挙直前まで政敵を生かしておき「最も効果的な時期」を選んで抹殺したのではないかと思える。自分に逆らったらどうなるかを内外に示すことができるからだ。
プーチン氏の残忍さがわかるだけでなく「プーチン氏と話し合うのは無駄」ということもよくわかる。ロシアが民主主義国家であることは間違いがない。ただその民主主義は我々の知っている民主主義と違っている。恐怖と憎悪によって支えられた民主主義だ。
ナワリヌイ氏は過去に暗殺されかけており自分の身に危険が及んでいることをよく知っていた。他のプーチン大統領の政敵は国外に逃げ出したそうだが、影響力の低下を恐れたナワリヌイ氏はロシアに戻り拘束されてしまう。その後、北極圏の永久凍土地帯にあり手紙も届けられないような場所に送り込まれた。
プーチン氏のナワリヌイ氏に対する扱いは残虐そのものだった。しばらくはナワリヌイ氏を生かしておきビデオメッセージさえも公開された。自分に逆らったものがどうなるかを世間に晒し続けたのだ。そして大統領選挙の直前に「そういえば死んだそうだ」と発表する。西側はおそらく殺されたのだろうと見ている。
ナワリヌイ氏の妻はおそらく悲嘆にくれているのだろうが気丈なメッセージを発信している。またアメリカ合衆国の国務長官、副大統領もロシアを非難した。EU大統領からも非難声明が出ている。
しかしながらプーチン大統領にはこの非難声明は届かないだろう。むしろ国際社会がどう言おうが自分はやりたいことをやると誇らしげに示している。そして自分はそれができる国を支配しているのだと内外に示すことができる。憎悪と恐怖に「支持されている」大統領と言える。きわめて特異な民主主義の形である。
国際秩序を破壊するようなウクライナ侵攻はいまだに継続中である。きわめて皮肉なことだがこれもプーチン大統領を阻止できる人や国がないということを内外に示し続けている。さらにアメリカの大統領選挙にも笑顔で介入をしている。バイデン大統領の高齢不安をイジり「彼は予測可能だからバイデンさんが大統領でいてくれるとありがたい」などと言い放っている。
トランプ氏はプーチン大統領と直接交渉をすればウクライナ問題を解決できると楽観視しているようだ。前回紹介したのと同じ箇所を再び引用すると次のとおりになる。ウクライナの支援を注視すれば交渉テーブルに就かせることができるとした上でこうすればロシアも「交渉のテーブルに乗るだろう」と根拠がない楽観論を披瀝している。
トランプ氏のアドバイザーの1人は、米国の軍事支援を打ち切ることにすればウクライナを交渉の席に着かせることにつながる一方、米国の支援拡大の脅しはロシア側を促す可能性があると語った。ラリー・クドロー、ロバート・オブライエン両氏らアドバイザーも、プーチン氏に圧力をかけるため、ロシア中央銀行に対する制裁強化を公に呼びかけている。
トランプ氏には支持者も多くこうした楽観論もアメリカの有権者たちの間にある有力な意見の一つだ。11月以降のアメリカの外交戦略がこうなるかはわからないが、日本人はこうした可能性にも十分な配慮をすべきだろう。
プーチン大統領は東ドイツ駐留時代に民主化によって命からがら東ドイツから逃げ出したという経歴を持っている。このことから民主主義に強い嫌悪感を持っており民主化要求が強かったウクライナへの対応もその一つの表れだ。つまり東西冷戦構造の破れと西側の勝利の反動という側面がある。民主主義に対する憎悪が生み出した大統領と言えるのかもしれない。
そのやり方はきわめて残忍で自分に逆らうものは決して容赦せず猫が獲物をなぶるようにして政敵を抹殺してゆく。しかし皮肉なことに民主主義が最も成功したと見られたアメリカにも「ロシアと話し合えばなんとかなるのではないか」と考える人たちが現れている。
なぜこうなったのかはよくわからないものの結果的には「憎悪と恐怖が支配する民主主義」という新しいスタイルの民主主義がさまざまな場所で生まれようとしていると言えるのかもしれない。