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「こんな人たち」に国家予算を任せてもいいのか 茂木幹事長事務所に請求書使い回し疑惑が浮上

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週明けに政治とカネの問題の集中審議が行われる。自民党は裏金の調査を提示しこの件はこれで終わりにしたいと考えているのだろう。ところが調査を取りまとめる党のトップである茂木幹事長に新しい疑惑が持ち上がった。文春は47,592円の領収書を2回使い回したのではないかと疑っているようだ。疑惑を調査するはずの人を調査しなければならないという事態に陥っている。

お金の管理があまりにも杜撰なため「こんな人たちに予算編成をまかせてもいいのだろうか?」という気がするのだが、予算編成は既に始まっており、今政権が瓦解すると年度内に予算が成立せず国民生活は混乱する。

野党もコップの中の争いに夢中になっており政権交代の受け皿になりそうにない。政権を目指す大きな枠組みが作れないため立憲民主党の代表は「その場その場の問題を解決しよう」として「ミッション型」という言い方に終始している。

国民には選択肢がない状況である。これではなんのための民主主義なのかよくわからないのだが、現実は現実として直視する必要がある。

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文春の指摘する疑惑は次のとおり。それにしても「次から次によく見つかるものだ」と思う。

  • 政治刷新本部の役員を務めている茂木幹事長の政治資金に新しい疑惑が見つかった。
  • 選挙運動費用収支報告書には電気代と書かれた支出が記載されている。
  • 「自由民主党栃木県第五選挙区支部」の政治資金収支報告書にも、A社に対する支出が記載されている。こちらは「備品」になっている。
  • どちらも金額が同じ47,592円で怪しいので情報公開請求をして領収書を見てみた。
  • するとコピーの擦れあとが違うだけで手書きの文字は一言一句同じであり筆跡も同一だった。

記事には領収書の画像が添付されておりどちらも「水道・電気料金」となっていた。つまり備品と書かれていたものはなんらかの理由でわざと費目を変えたことになる。領収書を一つひとつ探ってゆけばわかってしまうことだが収支報告書には金額と費目しか書かれていないので、わざわざ情報公開請求をしなければそれがバレないというのが今回のポイントである。

水道・電気代という費目を備品と書いたとすればそこにはなんらかの意図があったはずだ。支出を水増しした疑いが持たれるのだが事務所は「単なる事務的ミスである」と回答している。情報請求しなければ見つからないし、見つかったら見つかったで「間違いましたごめんなさい」と言えば済むと思っているのであろう。

この問題の最大のポイントは「事務所と政治家の国民を舐めきった態度」にあるのではない。

おそらく全ての領収書を情報公開請求をして開けてみないと疑惑の全容がわからないという点が問題だ。議員が指示をしたものもあるだろうし議員が知らないところで勝手に行われたケースもあるはずだ。むしろ「本当に茂木さんが知らなかった」時の方が厄介だ。まとめて全容解明しない限りいつまでも爆弾を抱えたまま走り続けるという意味では統一教会問題に似ている。

議員に隠蔽の意図があったのかなかったのかというのはもはや大した問題ではない。足元のお金の管理さえもきちんとできない人たちに本当に予算の審議を任せてもいいのですか?ということが問題だ。

特に岸田政権は国民に負担増を求めるところから出発した内閣だ。また、インボイス制度を導入し国民に厳しい支出管理を求めている。それだけに自分達だけはお金の扱いがルーズでも特に問題を感じ図総括もできないという事実は大きな反発を呼ぶだろう。

他にも二階幹事長が代表を務める政治団体が3,500万円分の書籍代を計上していたことがわかっている。それだけの本をどこに収蔵しているのだ?という反発の声も聞かれるのだがそれは本質ではないと思う。これは「空出版」疑惑だ。

政治家が「政治的主張を本にまとめました」と二階幹事長のところに持ってゆくとそれが簡単に収入になるという仕組みである。仮に政治的に意義がある本ならばいい。だが仮にそうであればそこそこ評判になり商業的にも成功するはずだ。本に内容がなくても言い値買い取ってもらえるとなるとこれは空パーティーと同じ仕組みといえる。潤沢すぎる政策活動費があるからこそできる「空出版」に政策活動費が浪費されていたことになる。

では、野党に政権を任せるべきなのか。自信を持って選挙に行って政権交代を目指しましょうと書きたいところだ。政権交代が起これば面倒な政治とカネの問題は全てクリアになる。「あとは勝手に気が済むまで総括しておいてください」と言えばいい。だが、野党は極めて小さな「コップの中の争い」に終始している。有権者の支持が全く集まらない「代表」たちが「我こそが次期の首相候補だ」として運転席のハンドルを奪い合っている。泉代表は総理大臣になりたい。だがどこに行きたいかは決まっていない。おそらく政権が取れても行き先は決まらないだろう。

お互いに協力する気配が見えないため泉代表は「ミッション型」という言葉を使い始めた。国の形で合意ができないのだから「目の前の作業をこなす政権を作ろうではないか」という提案だろう。一度は立憲民主党に接近した玉木雄一郎代表だったが岡田克也氏の「反省するなら受け入れてやってもいい」という上から目線の発言に反発し「立憲民主党とは政権が組めない」と態度を硬化させている。

とはいえ予算編成は始まっており今自民党の政権が崩壊してしまうと4月からしばらくの間は暫定予算ということになってしまい国民生活に影響が出る。

結果的には、政府から負担増を伴う提案が出るたびにSNSで騒ぎ立てて潰れるのを期待するというような消極的な選択肢しか残らない。これでは何のための民主主義なのかさっぱりわからない。

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