トランプ氏がペンシルベニア州で行われたNRAの集会に参加にし「自分が大統領になったらバイデン政権の銃規制を全て撤廃する」と宣言し拍手喝采を浴びた。またバイデン大統領が再選されればペンシルベニア州の名前がなくなるであろうと見通しを示したという。
日本人から見れば意味不明の主張だが、現地では拍手喝采で迎えられたようだ。大統領選挙を前に捏造された危機感があり、それが民主主義を大きく蝕んでいることがわかるが聴衆たちは真剣そのものである。
トランプ氏の支持者が好んで用いる表現に「軍産共同体」がある。アメリカの軍産共同体は私利私欲のために各地で戦争を起こそうとしていてアメリカ人のお金を盗んでいるという。一方で支持者たちは「アメリカ人自らが武装して自らを防御しなければならない」という主張には拍手喝采する傾向がある。このことから「武器が悪い」とみなされているわけではなく単に「自分達が武器を取り上げられようとしている」と感じていることがわかる。
日本から見れば被害妄想のようにしか思えない。だがトランプワールドではこの発言は「合理的なもの」だと考えられている。トランプ氏は集会で「バイデン氏が勝利すればペンシルベニアという名前はなくなるだろう」との見通しを披瀝したことからもそれがわかる。
トランプ氏は「アメリカの高校でジョージ・ワシントンやアブラハム・リンカーンの名前が取り上げられている」と主張している。つまり民主党陣営は何者かと組んでアメリカ人のアイデンティティを取り上げようとしているのだという印象づけを行っている。Business Insiderによると確かに奴隷制を推進した人たちにちなんだ名前を変更する動きはあるそうだが「州の名前を変えろ」などという人はいないそうだ。だが、少なくともトランプ・ワールドというバブルの中に住んでいる人たちにとってみればこれは現実的な脅威である。
彼らの切迫感の理由はよくわからない。少なくとも一部の人たちは「自分達の暮らしやアメリカらしさ」が何者かに盗まれようとしていると感じているようだ。アメリカの人口動態は変化し白人の国ではなくなりつつある。つまりこれまでのように自分達が主人公ではいられなくなるという危機感がある。
さらに格差の拡大も深刻だ。格差の拡大はバイデン政権が起こしたものではなく過去何十年にも渡り拡大してきた。オバマ政権下ではリーマンショックも起きた。これまで自分達を中流だと考えていた人たちの多くが生活基盤を失ったと言われている。
アメリカの中にいる人たちはこうした社会的・個人的な背景を区別して分析することはできない。特に生活基盤を破壊された人たちの中には「きっと誰かが自分の成功を盗んだに違いない」と考える人もでてくるだろう。
経済指標を見る限りアメリカ合衆国の経済は順調そのものだ。株価は値上がりを続けており労働市場もタイトである。大量退職やコロナ禍による影響で低賃金労働者が不足しておりわずかではあるが格差が縮小しているというレポートもあるそうだ。つまりそれだけ格差の拡大が進行し低賃金労働者の暮らしが圧迫されていた可能性がある。
今回の大統領選挙は高齢者同士の戦いだと言われている。どうしてそうなったのかには諸説があり「これ」と言った定説はない。
だがバイデン大統領の「いいまちがい」に出てくる国家指導者の名前(ミッテラン大統領とコール首相)は1980年代から1990年代にかけて活躍した人たちである。またトランプ氏の経済認識も1980年代のものに酷似している。アメリカ合衆国が日本の成長に経済的脅威を感じていた時代で「高い関税をかけてでもアメリカの自動車産業を守らなければならない」などとされていた。自動車をハンマーで打ち壊す動きもあり「ジャパン・バッシング」などと言われていた。日本製鉄のUSスチール買収も同じようなものだとみなされているのではないだろうか。
誰もが「民主主義とは何か」「アメリカらしさとは何か」を他人に説明ができた時代でもある。アメリカの大統領選挙はかなり複雑な過程を経て候補者選定を行うが結果的に生き残っているのはその頃の価値観を色濃く残した高齢者2名だった。アメリカ政治は分断が進んでいると言われているが、自分達が理解可能だった時代に戻りたいという意味では超党派的な合意があるのかもしれない。
仮にアメリカ人が「単純だったあの時代」に戻ろうとしていると考えると自ら武装して戦わなければならないという切迫感や「州の名前さえもが誰かに盗まれるかもしれない」という被害妄想的な主張に拍手が集まる意味も説明できる。もちろん全てのアメリカ人がこれに賛同しているというわけではないのだろうが、この何十年で将来の見通しや生活基盤が破壊されたと考える人は増えているのかもしれない。
穏健な民主主義が成立するためには穏健な中間層が維持されていることが重要である。数に勝る彼らが冷静な判断力を失ってしまうとその意思決定は極めて暴力的なものになりかねない。外から見ると「何をそんなにいきりたっているのだ?」としか見えないのだが、当事者たちにとってみれば、これは紛れもなくアイデンティティをかけた戦いである。
今後も両陣営の呼びかけに賛同し多くの寄付が集まり激しい宣伝戦が繰り広げられることが予想される。と同時に議会における意思決定は11月まではほぼ麻痺状態に置かれるのかもしれない。世界のどこかで新しいいざこざが起こらないことを祈るばかりだが、これを好機と考える独裁者もいるのではないかと思う。
Comments
“トランプ氏が銃規制の即時撤廃を表明 なぜアメリカ人は銃により自らを守らなければならないと考えるのか” への2件のフィードバック
銃口が強者(悪意ある権力者や悪意ある犯罪者)だけに向けられていたから銃を持つことを許されていたのに、弱者(被害妄想で作られた略奪者)に向けられることが増えてしまったのは、アメリカという国自体が精神病にかかってしまったからだと思いました。
人間なら精神病の患者に銃は処方しません。必要なのは薬(国に効く薬があるかは不明だが)とカウンセリングです。
銃規制というと、テレビゲームの「Tell Me Why」を思い出します。それにでてくるマイケルという同性愛者の男性が、銃規制に賛成できないと発言します。理由は、権力者が武器を取り上げることに不信感があるようです。マイケルはリベラル寄りのキャラクターに見えましたが、銃規制に反対していることに新鮮さを感じ、権力者に対して抵抗するために銃が必要だと思う考え方にも新鮮さを感じました。その話を聞いてからは、アメリカは銃規制したほうが良いと100%思っていたのが、10%ぐらい銃規制すべきか迷うようになりました。
確かに「異常性」は感じますが、そうなると今日のエントリーは読まない方がいいかもしれないですね。おそらく大統領選挙のキャンペーン期間中はこうした過激な発言が飛び交い続けるんだろうなあと思います。
コメントありがとうございました。