今回のエントリーはニュースをまとめたものではない。主題になっているのは決められないアメリカ政治だ。「どうしてこうなったのか」を理解したいと思いアメリカの議会情勢を見た上で、Quoraなどで質問をした。
第一に日本とアメリカの議会の違いが分かりにくい。日本は予定調和的な議論を好むがアメリカの議会は平場での議論を好む。また下院各委員会と上院がそれぞれ予算措置を伴う発議を行うという習慣がある。またイスラエル支援、ウクライナ支援、国境政策、台湾支援などをパッケージにして「抱き合わせ」で法案を通すというやり方も一般化している。これらは伝統的なやり方であり特に異常ではないそうだ。
さらに状況も複雑だ。トランプ氏が選挙キャンペーンのために「決められないバイデン政権」を演出したがっている。これに一部の下院共和党議員が呼応しており議会が事実上麻痺状態に陥っている。元々議論を好み気が済むまでやりあうという伝統があったがトランプ氏の出現で議会膠着にまでエスカレートしたといえる。中には11月まで何も決められないだろうという議員もいるそうだが、その間にもガザ地区やウクライナなどで人が殺されてゆく。世界情勢はアメリカ大統領選挙に振り回され始めている。
2月4日、アメリカ上院の超党派がバイデン大統領との間にウクライナとイスラエル支援を盛り込んだ1180億ドルの国境警備法案を提出した。バイデン大統領が厳しい国境対策を認める準備があると表明したことで妥協が成立したとされている。本来予算措置を伴う法律は下院から先に通す決まりだが、上院で先に通して後で下院の了承を得るという例外措置はかなり昔から用いられる手法なのだそうだ。
提案は7日間で平均5000件以上の越境があった時に「国境閉鎖を義務付ける」という内容だった。また移民申請も厳格化・簡素化するため滞留する移民希望者を追い返すのに役に立つ。
パティ・マレー議員によると、法案には国境警備のための202億3000万ドルに加え、ウクライナを支援するための600億6000万ドル、イスラエルへの安全保障支援に141億ドル、米中央軍と紅海での紛争に24億4000万ドル、中国からの脅威に直面しているインド太平洋地域のパートナー支援に48億3000万ドルが含まれている。
さらに、パレスチナ自治区ガザ、ヨルダン川西岸、ウクライナの民間人に100億ドルの人道支援も行う。ただ国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)への資金拠出を禁止する条項が含まれているという。かなり複雑なものが一つのパッケージとして盛り込まれていることがわかる。
ところがトランプ氏がこれに反対を表明したことで事態は一転する。トランプ氏は「国境政策でバイデン政権は何もしていない」と主張したい。このためこの法案が邪魔だと感じたのだろう。ここでウクライナ支援とイスラエル支援が巻き添えになった。
ミッチ・マコーネル氏がなぜ態度を突然変えたかはよくわかっていない。元々自分から民主党や大統領と合意していたのに突然翻意した。上院での過半数は50だそうだが誰かが「議事妨害(フィリバスター)」を宣言するとそれを覆すためにもう10票上積みしなければなならなくなるという独自の決まりがある。共和党はこれをまとめきれなかったものと思われる。つまり上院・共和党にもおそらく多くのトランプ支持派が存在するのである。
2月6日になると下院共和党はイスラエル支援のみを抜き出した法案を提出すると表明した。これもトランプ氏を支援する動きだ。つまり国境政策の法案提出は認めないということである。大統領は拒否権を発動すると表明した。
アメリカ下院はイスラエルに176億ドル(約2兆6000億円)の軍事支援を供与する法案の採決を行ったが否決された。民主党の167人が反対し共和党からも「支援を削減する措置が盛り込まれていない」として13名が反対した。
バイデン大統領はトランプ氏の介入によって超党派合意が崩壊しつつあるとしてトランプ氏を批判した。
ロイターの英語版は議決は2/3の支援が必要だったとしている。反対した共和党議員は14人であったとなっておりAFPとは数字が異なる。逆に民主党の46名は法案に賛成したという。イスラエル支援だけでも迅速に済ませるべきだと考える人が共和党だけでなく民主党にもいることがわかる。下院で予算措置を伴う提案は原則的に2/3以上の賛成が必要とされているそうだ。つまり民主・共和両党が妥協しないと予算措置を伴う法律は成立しない。強行採決を避け話し合いを促すための工夫だがこれが今回は完全に裏目に出ている。
議会情勢はかなり混乱している。Politicoによれば下院外交委員会のマイケル・マッコール委員長は「イスラエル支援、ウクライナ支援、中国への対抗」を盛り込んだ法案を提案している。つまり「政党としての総意」があるわけではなく各委員会が独自に好きな政策をまとめてパッケージを作るということが行われている。本来下院議長が人事を支配しているため下院議長が間接的に議会を支配できる仕組みだが、共和党の一部の造反で議長が決まらないということがあり、執行部側が強硬派に妥協をしていた。
バイデン大統領が国境政策に失敗していると証明したい共和党は国境管理の責任者であるマヨルカス氏の弾劾に乗り出した。委員長が強い権限を持つ国土安全保障委員会では弾劾が可決されたが本会議で否決された。本会議で可決されれば上院で弾劾裁判が行われる運びとなっていたが上院は民主党優位のためどっちみち弾劾は成立しないものと見られている。一部委員会が共和党の強硬派に占拠された状態になっており委員会が吊し上げの場になっていることがわかる。またそれに反対する人が共和党の中に一定数もいる。党議拘束で大体のことが決まる日本とは全く違う議会環境がある。
弾劾提案は共和党側から4人の造反者が出たためにぎりぎりで否決された。弾劾に反対したマイク・ギャラガー氏の元には大勢の共和党議員が群がりギャラガー氏の態度を変えようとした。しかし、共和党強硬派は弾劾をあきらめておらず「スティーブ・スカリース多数派院内総務が復帰すれば新しい弾劾提案を出す」としている。
その後の対応は混乱し続けており共和党内部では罵り合いが続いている。結果的に共和党が国境対策を放棄したことになってしまうためだ。11月までの選挙キャンペーンでこの内紛をバイデン氏に利用されてしまうのではないかと心配する人もいるが、11月まで何も決まらないだろうと諦めてしまった共和党議員もいる。
与野党協議に加わっていた共和党のジェームズ・ランクフォード上院議員は「この問題を解決するには時期が悪い。大統領選に解決を委ねようではないか」と語った。
国境対策の費用も枯渇しかけているという。民主党はウクライナへの支援を可決するために国境対策を除いたパッケージを検討しているがこれが採決されるかどうかはまだわからない。ガザ地区の人権状況も厳しさを増しているがウクライナでも死者が出続けている。