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行き詰まりを見せるウクライナ情勢 ザルジニー軍総司令官に突如の交代報道

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アメリカの議会で予算が通らずウクライナは依然厳しい状況に置かれている。数日前からザルジニー総司令官とゼレンスキー大統領の間に緊張が高まっていたが、ついにザルジニー総司令官が退任することになった。日本メディアの中には「解任」と伝えているところもあるのだが、ゼレンスキー大統領側は「慰留したがザルジニー氏が聞いてくれなかった」という形で発表している。

全体を見ているといかにもスラブ式のやりとりだなと感じる。保身のためにそれぞれがそれぞれの立場で情報発信をしていて、誰が本当のことを言っているのかがよくわからない。ウクライナ情勢はますます混沌としてきた。今後どのような打開策が出てくるのかにも注目が集まる。

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ウクライナの状況は夏頃から膠着を見せ始めていた。ロシアの兵力補充はウクライナの兵力補充を凌駕しており欧米からのミサイル・銃弾供給も滞りを見せていたからである。なんらかの打開策が必要だがなかなか方向性が定まらない。戦線が東部と南部に分かれているのもウクライナ側にとって不利だった。

その後、アメリカの合衆国議会状況が膠着しウクライナ支援予算が通りにくい状況が続いていた。状況はかなり複雑だが誤解を恐れずに乱雑にかいつまんで説明すると次のようになる。

国境政策の不備をバイデン政権攻撃に使いたいトランプ前大統領がバイデン大統領の提案する国境閉鎖案に反対を始めた。このためバイデン大統領と上院超党派の合意が覆ってしまう。国境政策に関しては11月の大統領選挙まで合意の見通しが立たないため、ウクライナ、イスラエル、台湾支援などは個別に協議をする必要が出てきている。

ザルジニー軍総司令官はCNNのインタビューに答え「今こそウクライナの戦略を転換すべきだ」と主張した。この発言だけを見ると「ザルジニー総司令官が戦略を切り替えようとしている」にもかかわらずゼレンスキー大統領が旧来型の戦略に固執しているように見える。

しかしながら、SNSのXに流れてくる専門家の発信する情報を参考にするとこの理解は正しくないようだ。むしろゼレンスキー大統領の方が「新しい作戦」を必要としていたのだと指摘する人がいる。となると、ザルジニー総司令官側がアメリカなどのからのプレッシャーを感じ取り「私も作戦を変えなければならないと思っっていたのだ」と強調したという可能性が出てくる。ゼレンスキー大統領も「ウクライナ軍にドローン部隊を創設する」という大統領令に署名していた。つまり一種の宣伝合戦になっていた可能性がある。

いずれにせよ、ゼレンスキー大統領はホワイトハウスに「ザルジニー氏を解任する」と通告しており不仲は誰の目にも明らかだった。

そんな中、共同通信で「ゼレンスキー大統領はザルジニー総司令官と話し合い新しい体制について合意した」とする記事を見つけた。この時は「ああ、和解したんだな」と感じた。だがその理解も間違っていたようだ。「ウクライナ大統領、ザルジニー軍総司令官の交代発表 「刷新必要」」とする記事が出てきた。

ゼレンスキー大統領の支持率はわずかながら低下を始めているが軍の支持は依然高い状態が続いている。このままゼレンスキー大統領がザルジニー氏を切り捨ててしまうとおそらく世論からの反発は避けられない。ロイターの記事には次のような一節がある。私は慰留したが彼が出て行ったと読み取れる。

ゼレンスキー氏は声明で、ザルジニー氏とウクライナ軍に必要な刷新について協議したとし、誰が軍の新たな指導者に得るかについても話し合ったと表明。ザルジニー氏に自身のチームにとどまるよう要請したとした。

この辺りの一連のやり取りは「スラブ式」としか言いようがない。ゼレンスキー大統領は支援を引き出すために戦況を変える必要がある。しかし国民の軍に対する信頼は強くザルジニー氏を追い出すわけにはいかない。そもそもゼレンスキー大統領とザルジニー総司令官の間にどんな路線対立があったのかはわからない上に実際のやり取りがどのようなものかが正直に伝わってくることもないだろう。

ただしこの「無人機部隊」という「刷新」がアメリカ議会にどの程度受け入れられるかはわからない。

ゼレンスキー大統領もザルジニー総司令官も同じようなことをアメリカに向けて情報発信している。仮にこれがアメリカの軍のアドバイザーの意見だったとすると彼らは「アメリカの意見を聞き入れて戦略を変えたのだから当然議会はそれに賛同してくれるはずだ」と考えるはずだ。だがアメリカの議会はアメリカの議会の都合で動いている。つまりウクライナ側が「アメリカにアピールした」と考えてもアメリカ側はそう理解しない可能性がある。

文民統制という観点から見れば総司令官が大統領に解任されるのは当然という気もするが、見方を変えてみれば軍人が大統領に不満を持っている場合、選挙で国民に路線変更を訴えることもできるということでもある。つまりザルジニー氏が大統領選挙に出馬して「行き詰まりの原因は大統領にある」と訴えることも理論上は可能だ。ただしゼレンスキー氏が選挙に応じるかかはわからない。

防衛戦争が長引くに従って支援国と非支援国の間にそれぞれ複雑な亀裂が生まれ始めている。

今回の一連の騒動からも、ウクライナの防衛をめぐる現状が新しい状況に入っていることがわかる。もはやロシアを完全に排除することは難しくなりつつありキーウなどの西側を守りつつ無人機などのリモートでロシアが緩衝地帯を超えてこないように防衛するという戦術に切り替えるのではないかと思う。

この件に関する日本の意識はかなり遅れている。岸田総理は「ウクライナ復興会議」を開き200社以上の企業を参加させると表明している。つまりロシアの影響力を排除した後にそれをどう利権化するという話になっている。

実際には豊富な鉄鉱石や岩塩などの天然資源はロシアに奪われてしまう可能性がある。ウクライナはかつては塩の輸出国だったが輸入国に転じているそうだ。現状を見るとウクライナがロシア侵攻以前の状況に戻るとは考えにくいが、おそらく日本政府はこの辺りの状況は織り込んでいないものと思われる。

戦時下の中の平和という意味では朝鮮半島やイスラエルに似ている。前者はアメリカを中心とした軍隊に守られた国であり後者はアイアンドームと呼ばれるミサイル防衛網で武装している。両国とも経済的には成功しており有効な作戦ではあるが、これが成り立つためには国土面積がある程度限られている必要がある。だが、ウクライナの国土面積は日本の1.6倍もありミサイル防衛システムの構築などイスラエル並みの防衛網の構築は極めて難しいだろう。

我々の常識に従えばロシアの主権侵害は許し難い暴挙であり国際社会がこれを阻止できるのは当然のことだが現実はそうなっていない。力による現状変更が着々と進んでおり、受け入れるか受け入れないかは別にして、我々はその現実を直視しなければならない。

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