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トランプ氏が日本製鉄のUSスチール買収をブロックすると宣言 高まる保護主義化の懸念

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トランプ氏が「自分が大統領になったら日本製鉄のUSスチール買収をブロックする」と宣言した。日本企業に関連するニュースということもあり「トランプ氏が大統領になったらアメリカが保護主義化するのではないか」などと当惑が広がっている。さらに「保護主義化の懸念どの程度当たるのか」が誰にもわからない点にも深刻さがある。

トランプ氏は経済音痴・政策音痴で知られている。ブレーンの優秀さによって状況が大きく変わるのだが、そもそも誰がトランプ氏の政策ブレーンなのかがよくわからなくなっているそうだ。トランプ氏のスタッフたちはトランプ氏の発言を素早く読み取ってそれをメッセージングに活かしている。つまり「統治のための選挙」ではなく「選挙キャンペーンに勝つ」ことが自己目的化している。

この不透明さがアメリカのカントリー・リスクになりつつある。既にトランプ政権の可能性がが高まればアメリカの外国投資が手控えられるのではないかという懸念もあるという。ただし安全保障面では何を仕出かすかわからないトランプ氏の性格が周囲を警戒させ戦争を抑止してきたことも事実だ。アメリカ議会対策を見てもバイデン大統領の正統な統治手法では政権運営が難しくなりつつある。民主主義国アメリカはその「民主主義」が最も大きなカントリーリスクになりつつある。

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日本製鉄がUSスチールを買収するらしいというニュースが流れたのは2023年12月のことだった。日本が中国に対抗するための有益な提案だとして日本国内では歓迎する声が大きかった。だがトランプ氏がこれをブロックすると伝えられると期待は大きな不安に変わる。アメリカは日本のことをどう考えているのだろう?と多くの人が疑念を感じ始めた。

日本国内の反応はおそらくアメリカに対する過度な期待と恐れを反映しているのだろうが、アメリカでも経済の専門家は「良好な関係にある日本の投資提案を断れば外国からの投資が得られなくなるかもしれない」との懸念を示している。

トランプ氏の登場によってカントリーリスクが増すという観測は一昔前の中国に対するものに似ている。習近平国家主席が三期目を目指す中でスパイに対する取り締まりが強化されて日本企業の活動が制限されるという不安だった。

トランプ氏はどんな説明をしているのかと調べてみた。ポリティコに記事がある。

“I would block it instantaneously. Absolutely,” Trump said after a meeting with the president of the Teamsters labor union, which represents workers in the transportation industry. “We saved the steel industry. Now, U.S. Steel is being bought by Japan. So terrible.”

すぐにブロックする。絶対だ。我々は鉄鋼産業を救ったが今やUSスチールは日本に買われそうになっている。

これはひどい。全く説明になっていない。

ポリティコの記事には中国に対する60%の関税の話も出てくる。関税は一般的に内国民に対する懲罰と見做される。その国の産業が救い難いほど痛んでいて保護なしには立ち行かなくなった時には仕方なく国民に負担をさせてでも産業を守ろうとという機運が生まれる。例えば、日本は関税をかけて日本人に高いコメを買わせている。関税がなければ日本の農家はコメを作れなくなるからだ。フランスやドイツでは実際に農業経営が難しくなりつつある。外国から入ってくる安いコムギなどの農作物にフランスやドイツの農家が太刀打ちできない。つまり関税の全てが悪いわけではないが限定的に使用されなければならないというのが現在の経済学のコンセンサスだ。

しかしながら、トランプワールドでは「関税は外国に対する懲罰」なので高ければ高いほどいいということになる。最新のFOXのインタビューでは「もっと高くするかもしれない」などと意気軒昂だ。おそらく高ければ高いほどいいとトランプ氏は考えているのだろう。

トランプ氏の認識は極めて前時代的だ。テレビのニュースでため息混じりに「トランプ氏の認識は1980年代レベルだ」などと嘆く専門家がいた。となるとトランプ氏のブレーンがどういう人なのかということが重要になってくる。ロイターに記事が出ている。

トランプ氏の一期目には「自分が目立ちたい」という人が大勢いた。中にはかなりお騒がせの人たちもいて度々大きなハレーションが起きていた。だがそれも過去の話だ。現在のスタッフたちはトランプ氏から一歩下がって陰で支える人たちで構成されている。

長いロイターのレポートには最後に気になる一節が出てくる。

また、トランプ氏のための政策提言を誰が作成しているのか、正確に把握することも困難だ。

一人ひとりのスタッフが目立たないために「どんな人が政策を提言しているのかはわからない」のだそうだ。可能性としては1980年代から価値観がアップデートされていないトランプ氏が思い込みに基づいて情報発信をしている可能性もある。

問題はアメリカ人の多くがアップデートされていない価値観を持ちつづけているという点である。USスチールは合併によって中国に太刀打ちできる規模を獲得できるかもしれない。だがアメリカの労働者はそれでも「US」と名前がついている企業が日本という名前がついている企業に飲み込まれることが嫌なのである。トランプ氏の発言は単にアメリカ人の率直な気持ちを代弁しているだけなのかもしれない。つまりこれこそが純粋な民主主義の結果ともいえる。

皮肉なことに、このメチャクチャさが世界を安定させてきたことも確かだ。トランプ大統領の一期目に目立った国際衝突がなくバイデン大統領時代になって衝突が増えた。トランプ氏には何をしでかすかわからないところがありこれがアメリカの敵対勢力を警戒させていた。また無茶をする人ほどトランプ氏と意気投合して話が進むという事情もある。一方でバイデン大統領が何をするのかはある程度読むことができる。つまりドライバーシートに頭がおかしな人が座っていた方が歩行者が注意するために事故が起きにくいという不思議な状況になっている。

そんなことを考えていたら案の定「ウクライナ・イスラエル・国境対策」を盛り込んだ上院とバイデン政権の合意が下院によって拒否されそうだとするニュースが飛び込んできた。トランプ氏の選挙キャンペーンを維持するためにはバイデン氏に国境対策をやってもらっては困るという思惑があるのだろう。バイデン大統領のオーソドックス(正統的な)議会手法ではもはやまともでなくなったアメリカ合衆国をコントロールすることは難しいと改めて考えさせられる。

岸田総理は4月に国賓待遇でアメリカを訪問する。普通の状況であれば日米同盟の強固なアピールは日本の政権維持にとっては極めて有益といえるだろう。だが今は「普通の状況」ではない。単なる新しい負担の表明に結びつきさらに政局を不安定化させる可能性も高いのではないだろうか。

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