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民主主義という災厄 混乱が予想されるパキスタンの総選挙

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人口2億3000万人のイスラム教国パキスタンで総選挙が行われる。選挙情勢はかなり荒れていてカーン元首相の一派が徹底的な弾圧を受けている。カーン首相はありとあらゆる罪で有期刑に処せられておらず身動きが取れない。候補者が亡くなったというニュースもあった。これらのニュースだけを聞くと「既得権が大衆を虐めている」という感想を持つ。「民主主義の危機だ」と言いたくなるのだ。

外国の選挙事情は人の名前がたくさん出てくるのでわかりにくい。日本ではイムラン・カーン元首相に対する弾圧のニュースが多く流れてくるため「既得権益のシャリフ氏側が軍と結びついて民衆を弾圧している」という構図を作りたくなる。当初その構図でまとめようとしたのだが「あれ、何かおかしいな?」と感じた。既得権益層から見ると「民主主義という災厄が襲いかかってくる」ように見える。実際にはある程度汚職にまみれた政権の方が経済的に成功している。

パキスタンのニュースを見るための基本的な認識をまとめた。

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旧英領インドのうちイスラム教徒が多い両側が独立したのがパキスタンだ。その後歴史が全く異なる東側がバングラディシュとして独立して現在の形ができた。しかし実際にはさまざまな言語を持つ人たちが暮らしており「パキスタン人」という一体性に乏しい。人口は意外と多く2億3000万人というのが直近の数字だ。貧困層も多く男性の3割、女性の5割が文字を読めない。識字率が最低レベルということは教育水準がかなり低いということである。国民を総動員して経済競争をするという素地が作れない。このため民主主義が浸透しても必ずしも経済発展につながらないという事情がある。

以前のパキスタンではベナジール・ブット氏が率いるパキスタン人民党(PPP)とナワズ・シャリフ氏が率いているパキスタン・ムスリム同盟(PML)と対立していた。PMLには分派がありナワズ派閥はPML-Nなどと表現される。途中、軍のシャリフ氏がクーデターを起こしてナワズ・シャリフ氏を追い出したりベナジール・ブット氏が暗殺されたりとの混乱もあった。クーデタを起こしたムシャラフ氏も国外追放の憂き目にあい最終的にドバイで亡くなっている。既得権益層によって汚職まみれの政治が行われていたことは想像に難くない。

ナワズ・シャリフ氏の元でパキスタンはそれなりの経済発展を遂げた。だがパナマ文書に名前が載り汚職で政界追放となった。軍の直接統治を目指したムシャラフ氏も帰国を果たせなかった。

そこにクリケットのスターであるイムラン・カーン氏という「新星」が現れる。ナワズ・シャリフ氏は「外国と結びついてパキスタン人民から富を盗んだ」と考えられており「the imported government(輸入政府)」などと言われている。カーン氏は「パキスタン人が豊かになれないのは輸入された政府があなたたちの富を盗んでいるからだ」と説明し人気が高まった。

ここで終われば「民主主義が勝った」と言えるのがそうはならなかった。カーン首相はIMFと掛け合い外貨不足を解消した。だが経済は混乱しパキスタン経済はインフレに陥る。つまり既得権が経済を握っていた頃より状況が悪くなってしまった。さらにロシアのウクライナ侵攻も重なった。経済の混乱を嫌った軍はカーン首相と距離を置くようになり結果的にカーン首相を見限った。カーン氏は最後まで「アメリカが自分を陥れた」と主張していた。ロシアでプーチン大統領にあったことでロシア寄りと見做されて「消されかけた」とされる疑念がある。

代わりに首相になったのが「汚職まみれ」という印象のあるナワズ・シャリフ氏の弟のシャハズ・シャリフ氏だ。軍などの既得権益層はナワズ・シャリフ氏を嫌って追い出したのだが結果的に混乱を招いたカーン氏よりもシャリフ氏の方がマシだと考えた可能性がある。

憲法規定では90日以内に選挙を行う規定があるがシャハズ・シャリフ氏はすぐには選挙を行わなかった。兄のナワズ・シャリフ氏を呼び戻され「永久政界追放」の司法判断が覆された。ナワズ・シャリフ氏は再び当選するものと見られており、また首相になる可能性もある。選挙前にナワズ氏を復権させたかったのだろう。そのために選挙を引き伸ばしたのだ。ただ、BBCの記事は「かつての宿敵が再び手を結ぶのか?」と書いている。つまり今回は「仮契約」であり実際の政権運営が安定するかどうかはまだ誰にもわからない。

一方で「民主主義」も置き去りになったままだ。識字率が低いということは新聞のようなメディアがあまり力を持たないということを意味する。国民の意識が変わらずシャリフ氏を「外国と結びついた輸入された政府」だと感じている庶民は復権に納得していないようだ。各地で激しい抵抗や抗議を続けている。

カーン氏を支持していた人たちは暴力的な抗議運動を行う。結果的にカーン氏が率いるパキスタン正義運動の国会議員たちが多数議席を失い最終的には40程度の議席が空席になっている。さらに放漫財政に怒ったIMFが資金援助を凍結したことで庶民の暮らしはますます苦しいものになっている。民主主義は問題を解決するどころかパキスタンの状況をますます悪化させている。

カーン氏を支持する人は貧しくて文字が読めない人も多い。クリケットのバットがシンボルになっていてそのシンボルを目印に投票をするのだがバットの使用が禁止された。パキスタン正義運動への締め付けは強まっていて無所属でしか出馬できない議員も多いのではないかと言われているそうだ。

民主主義が成立するためには国民の間にある程度の政治的リテラシーが必要だ。だが、パキスタンはそのレベルにない。投票要旨の名前すらわからず「クリケットのバット」のような絵が必要という人もいるというレベルである。かと言ってイランのようなイスラム専制ような強い体制にもならない。インドのようにヒンドゥー至上主義も出て来ない。至上主義を成り立たせるためには「国内のイスラム教徒」にあたる明確な敵が必要になる。さらに州ごとにバックグラウンドが異なる政党がありお互いに足を引っ張り合っている。各地にはそもそも法律が適用されない地域や独立を志向する地域もあり政治的に極めて不安定ながら破綻も分裂もしないという不思議な状況になっている。

人口2億万人超という大国なので経済的に発展しても良さそうなのだが、専制主義にもならずかと言って民主主義も浸透しないという中途半端な状態に置かれていてIMFの支援がなければ国家が存続できないという状況に置かれている。

今回の記事を書くにあたって下記の文章を参考にした。

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