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ウクライナの軍総司令官に解任報道 日本の防衛戦争の将来が見えるウクライナ防衛をめぐる路線対立

アメリカが親イラン勢力に攻撃されたと言う報道を受けてさまざまな記事を探した。その中にたまたまウクライナの軍総司令官の独占寄稿を見つけたので構造分析の参考にした。ところがこのザルジニー軍総司令官に解任報道が出ている。よく読むとCNNの記事にも「解任がうわささされる」と書いてある。

この解任報道は何かがおかしい。大統領と軍司令官の双方がアメリカに向けて盛んに自分の考えを伝えている。これはイスラエルでも見られる形である。どちらもアメリカが支援者となって防衛戦を戦っている。そして言っていることが微妙にずれている。

仮に日本がアメリカとの同盟によって防衛戦争に巻き込まれた場合も似たようなことが起きるだろう。一度はじまった防衛戦争はおそらく終わらない。何かと何かの間に巻き込まれた地域は破壊される。そして、日本の中で路線対立が起きると「アメリカに向けて双方が情報発信をするようになる」のだ。日本の自衛隊は憲法上位置付けられておらず米軍との関係が深い。これはそもそも自衛隊が米軍の補完部隊として設計されているからである。おそらく同じようなことが起きた場合、コミュニケーションの混乱はさらに複雑なものになるはずだ。

直近のリスクは岸田文雄総理が自身の政権に対する保証を買うためにアメリカ合衆国と何らかの約束をすることだろう。大統領選挙の成り行きによってはその保証書の有効期限は一年もないかもしれないのだ。

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別のエントリーで触れたようにザルジニー総司令官の提言は次のようになる。

  • ロシアとの防衛戦争は終わらないだろう。ウクライナは消耗戦を避けて緩衝地帯を設けた上でリモートでロシアに対峙すべきだ。

つまり、領土奪還を諦めて緩衝地帯を設けた上で「持続可能な防衛体制」を構築すべきだといっている。この考え方はすでに年末の報道からも明らかだった。ゼレンスキー大統領は海外にいるウクライナ人に呼びかけるなどして「50万人程度の追加動員」を「軍が提案した」と主張していたが、ザルジニー総司令官はこれを否定していた。

これまでアメリカ合衆国などとのコミュニケーションはゼレンスキー大統領が担っていた。ザルジニー氏はこのままでは軍人がいくらでも政治に使い捨てられるのではないかと恐れているのかもしれない。一方でゼレンスキー大統領が領土の完全奪還と完全勝利と言う考え方を捨てていないこともわかる。ゼレンスキー大統領はホワイトハウスに「ザルジニー総司令官は解任する方向」と伝えた。意図は明らかになっていないが「もう解任するから言うことは聞くな」と言うメッセージなのかもしれない。

国際政治の専門家の中には「南ベトナムの最後に似てきた」と言う人もいる。路線対立が顕になり最終的には北が勝ったという戦争だった。単なる国民防衛であれば説得すべき相手は国民だけなのだが、アメリカがバックにいる場合どうしても説得する相手がアメリカになってしまう。

当ブログの別のエントリーでは「国連体制が崩壊に向かい、近代国家が成立する以前の帝国と帝国の争いの時代に戻りつつあるのではないか」と分析した。この世界観では帝国と帝国の間にはどちらにも所属しない緩衝地帯があり常に何らかの争いが起きている。かつては騎馬の襲来が脅威だったが現在の戦争ではドローンや長距離ミサイルを使った空爆が用いられる。

ここからまずは「何かと何かの間に挟まれる状況」は何としてでも避けなければならないということがわかる。日本はアメリカとの同盟を強固にして中国の脅威と対峙すべきだと主張したくなるのだがいくつかの明確な問題がある。

仮にこれが宗教的価値観の違いに基づく物であるとすればそもそも中国や日本などの非一神教の国が一神教の国との争いに巻き込まれるとは考えにくい。さらにアメリカが日本を防衛してくれるとも思えない。「所属する文明」が異なる。アメリカ合衆国は米兵が殺されれば報復を行うが緩衝地帯の人権や国家主権にはまるで無関心だ。状況としては米軍が駐留するイラクやヨルダンに似ている。基地権益が重要なだけであって日本の国益や主権が大切なわけではない。

次に一度防衛戦争が始まってしまうとおそらく終わりは見えなくなる。だから決定的な対立が生じることは避けなければならない。現在のネット保守の無責任な想定ではアメリカの圧倒的な軍事力を背景にして侵略してきた敵を一瞬にして蹴散らすと言うようなシナリオが暗黙のうちに想定されていると思うが、おそらくそれは成り立たないだろう。この場合重要なのは「どこを捨てるか」と言う議論だ。相手がどこになるかで「捨てる先」は異なるが首都の近くではなく周縁部(南の端か北の端)になるだろう。

最後に防衛戦争が膠着すると日本の国内でアメリカの世論に向けたアピール合戦が始まる。ウクライナの今回の状況はイスラエルの状況に極めてよく似ている。おそらくは「どちらが正しいか」を内輪の話し合いで解決できなくなっているものと思われる。そこで双方がアメリカに向かって「自分だけが正しいのだ」「自分達の言うことだけを聞いていればいいのだ」とアピールするようになるだろう。

日本の自衛隊はかなり特殊な「軍隊みたいな何か」だ。元々は内務警察なので自衛隊に総司令官がおらず内閣(岸田総理)が統括することになっている。だがそのリーダーシップはおそらく今後も脆弱なものであり続けるだろう。岸田総理は政治とカネの問題で自民党の内部を把握できていないことがわかっている。憲法改正に意欲的だった安倍派のリーダー達は問題が起きると我先に逃げ出してしまった。こうした状況で自衛隊が一つになって総司令官を支えるか総崩れになってバラバラにアメリカと直接のコミュニケーションを取り始めるのかはよくわからない。現在の憲法には自衛隊の規定はないため有事に何が起きるのかを理論的に想定することはできない。

これまでの日本人の戦争に関する感覚は第二次世界大戦のような国家総動員戦争のイメージをプロトタイプにしている。東西冷戦のような二分化されたブロック対立が前提になっている。だがこの数年で起きたさまざまな戦争は全く別の様相を見せ始めている。軍や国際政治の専門家の人たちがよく口にする「ハイブリッド戦争」に移行している。表向きは戦争に見えないが常にどこかで緊張が生まれておりそれがなかなか終わらないと言う戦争である。そしてその背景にはイデオロギーではなく文明・文化対立がある。

こうした新しい戦争の形に対応する上で最大のネックになっているのが政治だろう。自己保身に走り周囲が見えなくなっていて協力して大きな枠組みを作り直すと言う意欲が見られない。特に「政治とカネ」の議論を見ているとそのことがよくわかる。

岸田総理は4月に訪米することが予定されているが「お買い物リスト」を携えてアメリカの言った通りの防衛装備品を買わされることになる。彼らが提示する戦争の形は「お買い物リストありき」になっており、必ずしも実際に想定されるニーズに合致したものではない。かと言って野党が優れた防衛に関する知見を持っているわけでもない。

「お買い物」の目的は政権の保証書を買うことなのだろうが、その保証書の有効期限がよくわからない。大統領選挙の結果次第では「別の保証書」を買い求める可能性が出てくるかもしれない。ローンにするか増税するかの議論は2024年の末まで行われないことになっている。自民党の総裁選挙は9月に行われるがそれまでに政治とカネの問題が解決しているとは思えないし、おそらく増税議論が始まれば「政治とカネの問題はどうなった」と騒ぎになるはずだ。

あれほどアベノミクスや集団的自衛権の問題で活発に活動していたネット保守の人たちは一斉に姿を消してしまった。彼らは議論に勝つことは大好きだが分析も総括もしない。都合が悪くなるとそのまま消えてしまう。

おそらく今の状況を冷静に判断し「ああこれはまずいのではないか」と考える人もいるのだろうが、おそらく少数派だろう。しかし彼らが「どうせ大衆は何も理解してくれず政治家も無能に違いない」と諦めた時点で全てが終わってしまう。気持ちおらずに分析を続けるしかないのかもしれない。我々の安全は意外と少数の人たちの「気持ち」にかかっているのかもしれない。

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