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企業再生に成功したJALとこれから失敗しそうなトヨタ自動車グループの比較 鍵は現場と経営の一体感の醸成

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ロイター通信がJALの女性新社長について書いている。さまざまな分析ができるのだがここは「現場力」に焦点を当てて分析を試みたい。このためには失敗事例が必要だ。まだ改革が始まったばかりのトヨタ自動車と自民党の例を挙げたい。

JALの経営の失敗は現場と経営の乖離にあった。民主党の依頼で経営再建に乗り出した稲盛和夫氏は経営の神様と言われたが、自分が表に出ることはなく、代わりに整備士出身者を抜擢して社長に据えた。

稲盛氏は「神様」だけあってJALの経営再建を自分がスターになれるチャンスととらえなかった。だが凡夫は違う。凡夫は自分が「神様」になりたがるのだ。

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ロイターがJALのCA(キャビンアテンダント)出身の女性新社長について分析している。ロイターの記事は「JALが経営破綻してなければ鳥取氏が社長になることはなかったであろう」としている。

一体これはどういうことか。

JALは元々国策企業だった。記事は半民半官と表現する。このため採算度外視で日本各地の空港に路線を開設していった。また企業自体も高コスト体質だった。そんな会社を支えていたのは現場を知らない経営企画系の出身者たちだった。結果的にリーマンショックで経営が行き詰まるとどうしていいかわからなくなってしまう。

民主党政権は稲盛和夫氏に経営改革を依頼する。

当時の民主党政権からJAL再生のかじ取りを委ねられた稲盛氏は会長着任直後の会見で、「『親方日の丸』で大変官僚的な仕事の仕方をしてきたようだ。ビジネスを展開するには損益計算に関心を持つ組織になる必要がある」と語った。

この稲盛氏の改革の一つに徹底した現場主義がある。企業再生のためには現場と経営が価値観を共有するべきだと考えた。最初の社長は整備士出身でありその後にはパイロットと整備士が続いた。そして今回はキャビンアテンダント出身者が社長になった。つまりCA社長は稲盛主義の成果ということになる。

鳥取氏は女性であることが注目されがちだが実際には会長になる「理論的な赤坂氏」との協働で経営にあたるものと見られている。鳥取氏は「客室業務と安全管理以外の業務に不安がある」ことを自覚しているためそれぞれの分野に精通した人たちと協力して実際の企業統治を行う必要がある。このことからJALの再生は「なんでもできるスーパースター」が成し遂げたのではないことがわかる。現場に精通したリーダーたちの共同作業で企業再生が行われてきた。

ここで現場と経営が乖離している例を探そうと考えた。思いあたったのがトヨタ自動車である。

トヨタグループは豊田章男氏という創業家出身のスターが統治しているものと思われていた。アジア的な家族主義が根付く日本では世襲にプリンスに人気がある。統治者は特別な存在であり神秘的なDNAが宿ると考えられているのだろう。だが実際の豊田氏は「トヨタ自動車の面倒を見ることで精一杯だった」としている。世間一般のイメージと違い豊田氏は豊田氏なりに「いっぱいいっぱい」だったということになる。

JALの経営を悪化させたのは経営企画畑の人たちだったがトヨタ自動車にも似たような人たちがいた。創業家のスターに良い数字を報告したい中間管理職のような人たちが大勢いたことがわかっている。元々不正の芽のようなものはかなり昔からあったようだがリーマンショック後の回復期にさらに無理を重ねる。結果的にダイハツでも豊田自動織機でも「経営者に何を相談しても無駄だ」という諦めの空気が生まれた。「スター」のもとで現場を道具としてしか見ない中間管理職的な人たちが増殖していったのだろう。

稲盛氏は「現場と経営層の一体感が重要だ」と指摘し実際の経営は現場上がりの人たちに移譲した。しかし豊田氏は「自分が先頭に立って意識を変えてみせる」と宣言している。個人経営の企業や企業の中の一つのチームであればこのようなやり方でも意識改革はできるのかもしれない。だが「経営の神様」ができなかったことを本当に豊田氏にできるのか。

このように考えると同じフレームワークは自民党にもそっくりそのまま当てはまることがわかる。岸田氏は何かにつけて「自分が先頭に立って」とリーダーシップを強調する。しかし実態はどうか。麻生太郎氏、古賀誠氏、森喜朗氏のように「老害化した」とも言われる長老に振り回され、自身は茂木敏充氏、林芳正氏らのライバルとの政治闘争から抜け出せていない。さらに週刊ポストが掘り出したよう地元事務所の経営状態すら把握できていないようだ。自民党全体の経営改善などができるはずもない。だが支持者たちは世襲政治家に何か神秘的な資質を感じ取り、岸田文雄氏もそれに応えるべく自分はスターでなければならないと感じている。

清和会の解体騒ぎでも見たように、安倍派の派閥トップは自分達では責任を取らず、所属議員たちからも「説明責任」を問う声がでている。おそらく安倍派の中には才能のある政治家もいるだろうがしばらくは「裏金の元安倍派」と呼ばれることになりそうだ。現在の派閥政治においては派閥のメンバーたちはほぼ例外なく世襲のスターたちを押し上げるためのその他大勢の脇役だ。

スターになりたがるトップとその周りで群れを作り責任感をなくしてゆく人たちという構図は失敗した組織にはよく見られるが自民党の現在の状況もまたその例外ではない。

日本航空にしろトヨタ自動車にしろ民間企業なので倒産があり得る。一方で一強体制の今の政治状況では自民党に代わる代替政党はなく政府には代替機関が存在し得ない。自民党も他の組織と同じように本気で変わりたいのなら「現場に参加意思を持たせる」ことが重要だが、そのためには現場に決裁権があるポジションを明け渡すくらいの思い切った変革が必要なのかもしれない。ただ有権者や党員がいくらそう願ったとしてもその声を経営トップに届ける手段はなく我々は政治組織の失敗を黙って見ているしかない。

日本航空も結局は経営破綻して後がない状態に追い込まれるまで思い切った組織変革ができなかった。トヨタ自動車の数字上の業績の好調さは返って変革を阻害するかもしれない。また自民党も支持率は低いがライバルになる野党もないため解党的な改革に踏み出せない。むしろ「表面上の成功」そのものが終わりの始まりなのかもしれないとさえ感じる。

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