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通貨秩序崩壊 アルゼンチンの狂乱物価はハイパーインフレーションと言えるのか?

新しい大統領の元で導入された金融経済政策が原因となりアルゼンチンの物価上昇が天井知らずになっている。ついには200パーセントを超え「アルゼンチンはハイパーインフレーション状態に入った」と言う人もいる。確かにグラフを見るとインフレ率が「指数関数的に」増えているように見える。だが、通貨切り下げの一時的な副作用にすぎないと言う人もおり今後の行方が見通せない。そもそもハイパーインフレーションには科学的な定義がなくアルゼンチンで起きていることがハイパーインフレなのかを定義できる人はいないそうだ。ハイパーインフレとは別に「狂乱物価」という用語もある。こちらも主観的な用語だが国民生活に大きな影響が出る。

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ロイターによるとアルゼンチンの12月の物価は211%の上昇だった。物価が1年で3倍あまりになったと表現することもできるし貯金が1/3に目減りしたと表現することもできる。いずれにせよひどい物価上昇が続いている。英語記事にはより詳細な情報が出ている。1990年代のアルゼンチンは「ハイパーインフレ時代」と呼ばれていた。今回はハイパーインフレ時代の再来になるかもしれないと表現されている。またミレイ大統領は「このまま何もしないとハイパーインフレが来る」と警告しており今の状態はまだハイパーインフレではないという認識があるようだ。

そもそもハイパーインフレの定義は曖昧だ。最もよく引き合いに出されるのはフィリップ・D・ケーガン氏の定義だそうだが、毎月50%以上のインフレが起きればハイパーインフレなのだという。このペースが1年続くと1年後の物価は129.75倍になる。一方で国際会計基準は3年間で累積100%以上の物価上昇が起こればハイパーインフレだと定義している。つまり同じ用語でも2倍から129.75倍までの幅がある。

例えばベネズエラは一時期268万%のハイパーインフレに陥り、ジンバブエは796億%を記録したという。これらの例と比べると「前年比200%などまだかわいいもの」ということになる。

戦後の日本の物価はだいたい70倍から100倍になったと言われているそうだが、ケーガンの定義によると「ハイパーインフレには届かなかった」ということなる。だがそれでも国民のほとんどが財産を実質上失ったといわれている。貯金が1/100になりほぼ紙屑化してしまっているからだ。

ちなみに1970年代に起きた以上な物価高はピーク時で30%を超える程度だった。福田赳夫氏はこれを狂乱物価と呼んだ。日本列島改造計画・積極財政・低く抑えられたドル円相場などが原因になっていると言われる。輸入企業の儲けを急速に地方に分配しようとしてインフレが加速したと言われている。

アルゼンチン政府は支出を抑えたり政府を小さくしたりして財政を立て直さなければこの状態からは脱却できないと主張しているが労働組合はかなり怒っており12時間のゼネストにはいった。アルゼンチン経済は半日間麻痺状態におちいることになった。

アルゼンチンでは選挙前から穀物相場(大豆、小麦、とうもろこし)が麻痺状態にある。春先から夏にかけてにあたり小麦や大豆にとっては重要な時期だった。この物価高を狂乱物価と呼ぶかハイパーインフレと呼ぶかは別にして「いくらで売れるか分からないからそもそも農家が種を蒔かない」という状態になっておりおそらくこの状態はまだ改善していない。ミレイ大統領が狂乱物価を抑えることができなければこのままアルゼンチンの穀物供給が難しくなり、これが回り回って日本の食料価格にも影響を与えることになる。

物価の見通しが立たないためそもそも経済活動が始められないということになり、アルゼンチンではすでに通貨秩序が崩壊しているといえる。それなりに経済基盤のある国ではハイパーインフレに至らなくても国民生活には大きな影響が出てしまうのだ。

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