南アフリカが提起していた「イスラエルのジェノサイド(大量虐殺)」に対して、国際司法裁判所(ICJ)はその可能性を認め防止策を講じるようにイスラエルに命令した。一ヶ月以内に対策を報告するように求めている。ただしイスラエルが恐れていた「戦闘停止」には踏み込まなかった。ジェノサイドの認定には数年かかる見通しだが、反イスラエル勢力はおおむね決定を歓迎している。アメリカ合衆国は大量虐殺の後見人に立場に追い込まれることとなりウクライナの問題などで一方的にロシアを追い込むことが難しくなりそうだ。
ICJの命令はイスラエルにジェノサイドの防止を要求しており一ヶ月以内に取り組みを報告するように命じている。ただし即時停戦命令には踏み込まなかった。これは一時的な処置命令であり判決には長い時間がかかる。つまりまたイスラエルの行為が「ジェノサイド」と認められたわけではない。
ハマス側はこの決定を歓迎しているが、イスラム教国の間にはパレスチナ支持が広がっておりイランとトルコもこの命令を歓迎している。
肝心の停戦・休戦に向けた動きはいまだに膠着から抜け出せていない。特に目立っているのがイランとアメリカに独自のパイプを持っていたカタールとイスラエルの不仲である。ネタニヤフ首相はカタールの介入に不快感を持っていると報じられておりカタールも「ネタニヤフ首相こそが和平を妨害している」とイスラエル側を非難している。停戦になれば内閣を離脱するとしている極右もカタールを非難している。ガザ地区を含めたパレスチナ全土をユダヤ系のみが支配すべきだとの考えを持っているため国際社会が提唱する二国体制を受け入れない考えである。
今回の決定によって最も苦しい立場に置かれているのがアメリカ合衆国だ。すでに国内からも「ジェノサイド・ジョー」という批判の声が上がっているがユダヤ系の支援者が離れることを恐れてネタニヤフ政権に厳しい立場を取ることができない。何もしていないとは言えないためイスラエルとの間で定期的な連絡をとることを決めている。国際社会の懸念をアメリカが掬い取りイスラエルがそれに応じて調査する仕組みになっているというが、アメリカ合衆国が具体的どのような行動をとるかは明らかにされていない。
長年人権はアメリカの「武器」として利用されてきた。
例えばアメリカ合衆国は新疆ウイグル自治区の人権状況をめぐって中国政府を批判してきた。ところがトランプ政権があからさまなアメリカ・ファーストの姿勢を打ち出したことでアメリカの国際外交の威信は壊滅的な被害を受けた。バイデン大統領も外交を立て直すことができずアフガニスタンの引き上げをきっかけに状況が混乱。アメリカの国力低下を感じ取ったプーチン大統領がアメリカとヨーロッパに接近していたウクライナに攻め込んだ。
この頃まで欧米は「国家主権と人権侵害」を訴えてロシアを糾弾することができていた。だが次第にグローバルサウスと呼ばれる国々が西側に追随しなくなってゆく。
2023年10月7日に起きたハマスの攻撃により事態はより深刻化している。ハマスの暴挙は確かに問題だが、この問題提起によって却ってイスラエルのパレスチナに対する人権侵害が明らかになった。また、アメリカはその後見人の立場に追い込まれている。今回のICJの決定は紛争抑止にはつながらないが非西側が持っていたうっすらとした疑念をより強化させることとなった。
一度武器化された「人権」はイスラム諸国とグローバルサウスにアメリカを批判する動機を与えている。日本ではフーシ派と呼ばれている南イエメンの革命勢力はロシアを訪問し「アメリカとイスラエルに圧力を加えるべきだ」と協議を開始している。紅海を航行する船に打撃を加えているが、彼らは「ガザ攻撃をやめさせるために抗議運動をやっているだけ」と主張している。
日本の報道だけを見ると、ならずものたちが世界秩序に挑戦しているようにしか見えないのだが、国際報道を読むと必ずしもそうとばかりは言い切れないということがわかる。いずれにせよ通商の自由は大いに損なわれ我々の暮らしにも物価高などの影響が出始めている。