ざっくり解説 時々深掘り

誰の金で何のために防衛戦争を続けるのか ロシアの資産没収をめぐる議論

ロイターに「コラム:ウクライナ支援金の捻出、有力な次善策は「賠償担保債」」という記事を見つけた。落ち着いて読んでみると「オピニオン」なので単なるアイディアの一つなのだが、そもそもなぜそんな議論が出るのかが気になり背景情報を調べてみることにした。

この議論を突き詰めると「他人の金で他人に血を流させる」戦闘に欧米が関与していいかという問題が浮かび上がる。欧米がリスクを取らないまま戦争に関与し続ければ戦争が長引きウクライナ側の犠牲が大きくなるという残酷な現実がある。

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日本の例に置き換えてみたい。日本がどこかに侵略されどこかの国から助けに来る。ところがよく聞いてみると「請求書が後からやってくる」らしい。おそらく日本が襲われている間「その費用をどうするのか」という議論は起こらないだろう。もしかすると今後数百年返しても返しても返しきれないほどの借金が国民に背負わされるかもしれない。目の前の戦争を続けるべきかという議論が起きるだろうが他国から攻撃を受け続けていてとても落ち着いて議論をするような余裕はない。その間にも自衛隊の人たちが死んだり怪我をしたりし続けている。人が足りなくなり普通の市民を徴用しようかと言う議論がでてくる。街は破壊されこのまま復興していいんのかもわからない。仮に復興を決めたとしてもその担い手は国外に逃げているか戦争に徴用されている。

なぜこんなことになるのか。それはこの戦争に明確な主体者がいないからだ。このため結果的に集団的無責任体制が構築されてしまう。

ウクライナの東部からは住民が消えている。担い手となる住民が帰ってこなければ復興できない。ウクライナ政府は早急に出口戦略を国民に示す必要がある。それは経済の復興かもしれないしロシアの攻撃に耐えられる街に作り替えることかもしれない。ゼレンスキー大統領が「防衛にシフトした体制」への転換を目指しているとする報道もある。戦略的防衛と言っているが前線を要塞化すると言う提案だ。つまり西側の強い支援さえあればロシアを退けることができるという見込みはすでに立てられなくなっており、新しい約束もない。

バイデン大統領が無尽蔵と言える資金をウクライナに提供していた時には「誰が継続的な防衛費用を負担するか」がまともに議論されることはなかった。だがアメリカ議会が共和党に支配されるようになると「それはアメリカ人のための支出なのか」という疑問が提示される。結果的にウクライナ支援の予算は支払われなくなった。

これを肩代わりしたのがイギリスである。スナク首相がキーウを訪問し安保協定を結び軍事支援も増額した。年間の支援額は25億ポンド(約31億9000万ドル)になる。しかしながらこの支援が永続するという保証はない。保守党は今年の選挙で政権交代の可能性が囁かれている。

このため「ロシアの凍結資産で防衛戦争を継続しては?」という議論が始まっている。ある記事はロシアが持っているユーロ(7億2000万ユーロ(約1132億円)以上)を没収する手続きがドイツで始まったという。この記事はロシア中央銀行が持っている外貨準備だけでも3000億ドル(約43兆円)になると指摘している。

ではなぜこの議論はなかなか進展しないのか。色々な記事を読むといくつかの理由があることがわかる。

  • 法的にロシアの資産を没収できるのか、誰がどのように法律を変えるのか(法律)
  • 没収せずに返却できる余地を残した方がプーチン大統領と取引をする材料になっていいのではないか(戦略)
  • そんなことをして道義的に許されるのか(道徳)
  • 国家の戦争のために国民の資産を没収してもいいのか(資本主義の枠組み)

こうした面倒な議論を避けるために「預かっている間にも運用益が生まれるのだからそれをウクライナ支援の原資にすればいいではないか」というアイディアも出ている。冒頭の「賠償担保債」も似たようなアイディアだ。

これらの記事を読むと決まって「西側は何らかの理由で資産没収をためらっている」という指摘が見つかる。法律の問題なのか、道徳の問題なのか、戦略の問題なのかは語られない。

賠償金請求権を担保にお金を貸せばいいじゃないかという主張も何となくもっともらしい気がするのだがどのような考え方で議論を展開するかがわからないのに「何かを決めてしまっていいのか?」と言う気がする。

西側は「ロシアから攻撃を受けているのはウクライナなのだからウクライナが単独で戦うべきだ」と考えている。NATOに組み入れてしまうと将来防衛する義務が生じる。さらに支援に関しても民主主義を守るための無償支援なのか将来の利権を当て込んだ思惑含みのものなのかを明らかにしてこなかった。

そして今後はウクライナは将来ロシアからふんだくることができるのだからその権利を我々に預けてくれればウクライナに都合の良いスキームを考えてあげると言っている。将来ウクライナの政権が欧米に都合の良い体制になることが保障されているような言いぶりだがウクライナは主権国家なので未来永劫欧米に縛られる選択をするという保証も道義的責任もない。

さらに別の問題も出てくる。ロイターの別の記事は「明確な資金管理の仕組みが必要だ」と言っている。そもそもウクライナに代わって別の国が資金を「管理してあげられるか」も微妙だがその資金管理を誰が取り仕切るのかにも問題は生じるだろう。

もう一つ大きな問題がある。欧米が勝手に資産没収するということはロシアが同じことをする可能性がある。ロシアは「西側が失う資産と投資の規模は少なくとも2880億ドルに上るとの試算結果を伝えた」そうだ。つまり西側の政治家がロシアの資金を没収する決定をした瞬間にそれによって損出を受ける欧米企業が出てくるのだからその補償も考えなければならないということになる。

今回の戦争はプーチン大統領の身勝手な歴史観とおそらく個人的な恐怖心がきっかけになっており、決して許されるべきものではない。だがこの想定外の攻撃によって西側諸国が持っていた基本的な価値観(法律、道徳、資本主義の枠組み)が大きく揺らいでいると言うのも事実だ。どの国の政治家も明確な処方箋を持っておらず、ロシアの体制崩壊より先に西側の価値観に大きなダメージが生じる可能性も否定できない。ただ一度始めてしまったことは簡単にはやめられない。止めるにしても「戦略的転戦」のようなそれらしい説明が必要になるだろう。

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