アイオワ州のコーカスでトランプ氏が圧勝した。ヘッドラインだけで記事を書くと「極端な人たちが極端な候補者を選んだ」と書きそうになるが今回は全く違った印象を持った。YouTubeでABCの報道を見ていたからだ。
アメリカ独自の民主主義の伝統を大切にしている普通の人たちがわざわざ足を運んで議論をし真摯に自分達の代表を選んでいる。アメリカ人にとって民主主義が単なるイデオロギーではなく文化になっているということがわかる。それだけにトランプ氏が選ばれたという事実に根の深さを感じるのだ。
アメリカで大統領選挙が始まった。皮切りはアイオワ州のコーカスと呼ばれる集会だ。アルゴンキン語で「長老」という説があるそうだ。古くからの伝統を守っていることがわかる。現在のコーカスは各地の会場に人々が集まり討論をした後に秘密投票を行い代表を決める。郵便投票などは許されず例外なく誰もが集会に参加しなければならない。コーカスの会場はアイオワ州に1600箇所以上設けられているという。つまりこれら一つひとつの会場が民間によって運営され議論が行われたことになる。
ABCの放送を見ていると人々がアメリカ独自の民主主義に極めて強い誇りを持っていることがわかる。アイオワ州は冬の嵐に見舞われ極寒の中で集会が開かれたため例年よりも参加者の数は少なかったという。それでも集会に参加し真剣な議論の末に選ばれたのがトランプ氏だった。50%以上の得票で「圧勝」したと言われている。
何の背景情報も考慮せずにコーカスの様子だけをみると羨ましささえ感じてしまう。人々は自分達の国の未来は自分達で決められると信じている。そして真剣に討議し誇りを持って一票をトランプ氏に託した。どうせ誰が政治家をやっても何も変わらないと考える日本とは大違いだ。
だがやはり感動はここまでだった。
トランプ氏の演説はいつものトランプ節だった。自分達の仲間は誰もが美しい人々であり今回の勝利はアメリカを取り戻すための第一歩だ。一方で国境の向こうからやってくる人々は精神的に問題があるかドラッグにまみれた醜い人々だ。このように極めて単純な二分法によって人々が扇動されている。我々は選ばれた美しい人々なのだという病的な自己陶酔に満ちた勝利だったことがわかる。
事後のBBCの報道もそれを裏付ける。何者かがアメリカをめちゃくちゃしそうになっているという強い危機感が全面に押し出されている。BBCの記事には「この国で起きているようなことは共産主義の国で起きているようなことだ」と説明する人が出てくる。この共産主義者とはおそらくバイデン大統領のことなのだろうが、社会主義と共産主義の区別はついていないのであろうなと思う。
日本から見ると殊更奇異に感じられるのだが、ABCのキャスターもこの熱狂にある種の疑問に感じているようだった。アイオワは国境から離れているにもかかわらず彼らの二番目の関心ごとは国境政策である。これが不思議だというのだ。
専門家は「アイオワの人たちは国境にリアリティを感じておらず仕組みもわかっていない」と説明する。つまり見たことがないからこそ「移民政策は今そこにある危機である」と語られてしまうとそれを信じてしまうというわけだ。危機感に煽られた「普通の市民」が民主主義を守るために戦っているわけ。だが、その戦いはありもしない戦いなのかもしれない。
2016年のアイオワ州をトランプ氏は首位を取れなかったがCNNは今回早々とトランプ氏の勝利を伝えた。冬の嵐で熱心な人たちしか集まれなかったこともあり明確なトランプシフトにつながった。
二位以下も注目ポイントだった。デサンティス氏が大きく負ければ撤退もあるかもしれないと言われていたそうだが2位に食い込んだために撤退はかろうじて回避された。デサンティス氏は「戦線を維持する」と約束したがニューハンプシャーでは2位には入らないだろうと言われている。一方でヘイリー候補は3位にも関わらず「これでトランプ氏と私の一騎討ちになった」と発言している。ミニトランプと言われた富豪のラマスワミ氏は選挙戦から撤退した。議論ではかなり注目を集めたが候補者とは見做されなかったようである。
今後、ドナルド・トランプ氏、ニッキー・ヘイリー氏、ロン・デサンティス氏の三人が共和党の候補者の座を争うことになる。「もしトラ(もしもトランプ氏が大統領になったら)」が現実のものになる可能性がいよいよ高まっている。ニッキー・ヘイリー氏はバイデン大統領に勝てる候補者と見做され始めており今後どこまで躍進するのかに注目が集まっている。