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名前をつけてはいけないほど忌まわしい年 ユーラシアグループが2024年の世界情勢を予測

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毎年「世界の10大リスク」を発表しているイアン・ブレマー氏率いるユーラシアグループが今年のレポートを発表した。時事通信が端的に「トランプ氏が勝っても負けても大変なことになるだろう」とまとめているが、実際にレポートを読むとさらに暗澹とした気持ちになる。ラテン語でThe annus horribilis(恐怖の年)と表現した上で、ハリーポッターで有名なヴォルデモート卿(名前を言ってはいけないあの人)に喩えている。一方で赤いニシンと呼ばれる「本質的でない問題」についても触れている。例えば米中対立は赤いニシン扱いされている。

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TBSのまとめだけを読むとかなり冷静で整然としたリストのように感じられるかもしれない。トップ・スリーのリスクはアメリカ合衆国の大統領選挙・ガザ地区・ウクライナ情勢だ。ウクライナに関しては事実上の分割と予測しており、ウクライナが朝鮮半島的な分断国家になると予想している。

しかしながら本文を読むと少し違った感想を持つ。イアン・ブレマー氏はかねてからGゼロという概念を提唱してきた。世界から東西冷戦のような構造が消えかけているというのである。記事のリードは次のようになっている。

2024. Politically it’s the Voldemort of years. The annus horribilis. The year that must not be named.(2024年。政治的にはヴォルデモートの年。恐怖の年。今年は名前をつけてはいけない年だ。)

ヴォルデモート卿はイギリスの小説ハリー・ポッターに出てくるボスキャラの名前で「名前を呼んではいけないあの人」として絶対的な災厄の象徴になっている。ウクライナやガザ地区の問題よりも大きいのは何と言っても「アメリカ対アメリカそれ自体」の対立だ。つまりアメリカで事実上の内乱が起きる未来を想定している。そしてアメリカの混乱はそのまま民主主義という価値観の混乱につながる。

この混乱には落とし所がない。原文の表現ではガードレールがないと言っている。Gゼロという構造のない世界がさらに一歩進んで民主主義という価値観が溶けてなくなるのではないかというのがユーラシア・グループの主張だ。

ではなぜ民主主義は壊れかけているのか。ユーラシアグループが指摘するのは既存システムに対する人々の信頼喪失だ。記事の冒頭に「人々が組織を信頼しているか」と言うグラフが提示される。組織には最高裁判所、議会、大統領、教会と宗教、公共教育、新聞、テレビ、インターネットが含まれる。どれも信頼性が低下しており人々が価値基準を持てなくなっていることがわかる。エコーチェインバーAIを利用したフェイクニュースまで登場し人々は明らかに情報疲れを起こしている。

大統領選挙の混乱はその結果に過ぎない。バイデン大統領が勝利すればトランプ氏は選挙は盗まれたと主張し続けるだろう。

一方でトランプ氏が勝てば民主党の議員たちは本来投獄されるべき大統領に従うべきではないと主張しかねない。トランプ氏は「初日には独裁者になる」と宣言しておりアメリカ社会が混乱することは間違いがない。レポートは「もしトラ(もしもトランプが大統領になったら)の悲惨な予想」をこれでもかとばかりに重ねている。そもそも選挙システムそのものに疑問を感じる人もおり「テールリスク」とはいえ選挙がまともに行われない可能性さえある。すでに予算が通らない異常事態になっておりこれも誇張とは言い切れない。こうなると、同盟国が動揺するばかりでなく、企業活動にも影響が出る。アメリカという共通市場が失われ民主党的価値観と共和党的価値観のどちらかに合わせるしかなくなってしまうからだ。

レポートは「リスク」であり予言ではない。大統領選挙については確定的なことは書いていない。だが、ウクライナに関しては「事実上分割される」と断言している。レポートにそう言う表現が出てくるわけではないが民主主義の敗北でありウクライナの朝鮮半島化ということになる。これも民主主義を信頼してきた人々にとっては大きな打撃になるだろう。

その一方で米中対立はトップ10に入らなかった。アメリカも中国も内政問題に気が散っていてそれどころではないからだと説明されている。アメリカと中国の対立はレッド・ヘリング(赤いニシン)と表現されている。日本語では「燻製ニシンの虚偽」というそうだ。「本題から目を逸らすための偽情報」と言う意味がある。つまりフェイクの危機といえる。

この赤いニシンに分類されているものには、米中対立、ヨーロッパでの極右の乗っ取り、BRICSとG7の対立などが挙げられている。共通点はかつての東西冷戦を思わせる構造的な対立であるという点だ。台湾問題もそのうちの一つということになる。

このレポートを素直に受け取るならば日本の安全保障をめぐる議論は何周も遅れている事になる。すでに前提となる東西冷戦構造はなく日本の防衛の前提になっている「中国脅威論」も単なる「燻製ニシンの虚偽」に過ぎない。

不幸中の幸いというべきか日本人は国際政治にはあまり興味がなくとにかくアメリカについてゆけば問題は何もないと認識している。

仮に日本人が10大リスクをまともに読み込めば日米同盟を基礎にした自民党の統治体制を疑うことになるのだろうが、そんなことは日本ではおそらく起こらないだろう。

アメリカつなぎとめのために防衛費を2倍にするという国際公約が出ているが、トランプ政権になればおそらくこの問題はうやむやになる。さらに言えば憲法改正議論もここままたち消えになるのかもしれない。岸田政権が長期政権になる見込みはゼロとは言わないまでも限りなく低くなっている。仮に岸田政権が続いたとしても自民党は統治上で大きな問題を抱えており国民の支持が必要な思い切った路線変更はできないだろう。日本ではこの政治不信が大きな「碇(アンカー)」になっている。ある意味では前進を妨げる重荷だが嵐から身を守る安全装置としての意味合いも持っている。

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