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松野博一官房長官に更迭報道 昇り詰めた「陣笠雑兵」を斬って世襲が必死の生き残りを図る

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松野官房長官が更迭されるらしいと早朝に読売新聞が伝え各社が追随した。どうも更迭自体は間違いがなさそうなのだが後任の話が出てこない。これまで派閥均衡で人事を行っていたため今更脱派閥などと言っても何をどう調整していいかわからないのかもしれない。

松野氏について調べると「世襲の特権階級対陣笠雑兵」という自民党独特の身分制社会が見えてくる。戦国時代を想像するとわかりやすい。自民党を支配するのは「世襲」の人たちだ。先祖の役職で家の格が決まる。だが、彼らは潜在的なリーダー候補であってお互いにライバルである。そのため周囲には君主になる資格のない非世襲的な人たちが配置される。

松野官房長官は実は「自民党初の公募による議員」なのである。戦国武将はこうした「陣笠」たちを食べさせてゆく必要がある。おそらくそこで生み出されたのが派閥の分配構造としてのパーティーなのではないかと思う。

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松野博一官房長官の退任のニュースが飛び込んできた。早稲田大学の出身でライオンの広報にいたという異色の経歴なのだそうだ。産経新聞の記事は「料亭に行くような余裕がない」などと説明している。ここに「陣笠」と言う言葉が出てくる。悪口ではなく松野氏の自称である。

HPには、『「料亭に行ったことがありますか」と聞かれれば、『ある。でも、ほとんど無い』という答えになる」とも強調。「今の政治家は余裕が無い。特に僕のような陣笠は、ものすごく余裕が無い」ことや、「居酒屋チェーンの流行が個室型になり、充分プライバシーが保たれる上に、とっても安い。回転が良いからビールが新鮮で美味い」ことなどを理由に挙げている。

武士に身分制度があったように自民党にも身分制度がある。父親などから政治資産を引き継いでいる人たちは「武士出身」だ。彼らは先祖から兜など一式の道具を受け継いでいる。ただ武士だけでは組織が維持できない。雑事担当として平民から取り立てられた人たちがいる。彼らは自分達のことを自嘲気味に「陣笠議員」と呼ぶ。戦国時代に兜を持てず笠をかぶって参戦した雑兵に由来するのだそうだ。つまり松野氏には「自民党の二級市民」であり「雑兵」と言う自覚があった。

松野氏は一般家庭に育ち、早稲田大学法学部を経てライオン株式会社に入社した。ライオンから松下政経塾に入塾。千葉県連の公募に応じた。「日本で初めての公募」だったという。1996年といえば村山内閣から橋本政権に切り替わる時期だ。自民党・社会党・さきがけの「自社さ」内閣時代と呼ばれた。古い体質から脱却するアピールとして公募が用いられたのだろう。

松野氏は1996年の選挙では落選したが2000年に初当選し「日本で初めて公募で生まれた衆議院議員」を名乗っていた。その後は教育関連でキャリアを積み2016年には文部科学大臣になっている。

産経新聞が指摘する通り、松野氏のウェブサイトにはライオン時代の思い出が語られている。ライオン入社後TBSの生CMの担当もやっていたという。政治を志したのもこの頃でCMでコンセプトメーカーをやった経験から政治でもコンセプトメーカーができればいいだろうと考えたそうだ。官僚出身者は政治家に対して具体的なイメージを持っているが、サラリーマン出身の松野氏は特にこうしたイメージは持っていなかったようだ。

安倍晋三総理大臣も岸信介氏を祖父に持つ政治的名家の出身である。いわば武士と言って良い。武士の安倍晋三氏は周りに世襲色の薄い議員を置きたがった。松野氏、西村氏、萩生田氏はいわば「雑兵」出身だし長年政権を支えた菅官房長官も秋田の農家の出身である。彼らは名家出身でないゆえに安倍総理の地位を脅かすことはなかった。

安倍派は興味深い状況にある。本来なら「雑兵」たちがプリンスを傀儡にしてもよかった。候補者は二人いる。福田達夫議員と小泉進次郎議員だ。だがどういうわけか二人とも派閥の中枢からは距離を置いている。小泉さんに至っては菅元総理に近い無派閥だ。このため現代版の鎌倉殿の13人は殿をいただくことができない状態になっていた。

茂木派も同じような状況にある。茂木氏は非世襲だが小渕優子氏を次の会長に据えるべきだと言う話がある。竹下派長老の青木幹雄氏の悲願であり青木氏がなくなった時に森喜朗元総理が「小渕恵三さんのお嬢さん」のことがさぞかし心残りだろうと嘆いた。姫の将来を見届けられず家老もさぞや悔しかろうと言う意味になる。

松野氏を官房長官として一本釣りしたのは岸田総理だと言われているそうだ。岸田文雄氏もやはり政治的名家の出身だ。例えば林芳正前外務大臣は林義郎元衆議院議員の子息なので政治的にはライバルになる。実際に宏池会の長老である古賀誠氏は林氏こそが次期宏池会会長になるべきだと言っている。岸田総理は派閥と金の問題からの切り離しを図るために岸田派を離脱するが、次期会長は指名しないのではないかと言われている。政治的ライバルに派閥を簒奪されかねないと言う恐れがあるのかもしれない。林さんも「衆議院」選挙区という城がないと総理大臣の有資格者になれないという身分制政党独特の事情があり参議院から衆議院に転出している。

世襲は世襲で「城を守る」必要がある。そんな岸田総理が頼れるのは名家出身でありながら既に政治的には「上がってしまった」麻生太郎元総理大臣だけである。名家出身ゆえに庶民感情がわからない人だ。だが名家出身者同士通じ合うところがあるのだろう。

松野氏は血筋が悪い上に自分でも雑兵であることを自覚している。さらに最大派閥安倍派にも顔がきく。だからこそ岸田総理にとっては「適材適所」だったのだろう。一般国民は適材適所といえば当然「能力だ」と考える。だが政治的名家には庶民とは違った感覚があるようだ。

結果的にこの打算と国民感情からの遊離が岸田政権を大きく揺るがすことになった。決して前に出ず主人を支えるという松野氏の姿勢は調整力の欠如となって現れた。さらに選挙区基盤が弱いことも「政治と金」という弱点を作ったのだろう。

蓮舫参議委員議員は政治と金の問題を自民党の世襲批判につなげようとしていた。だが皮肉なことに「被告席」に座っていたのは世襲議員ではなかった。彼ら陣笠はいざという時に主人の身代わりに切られることが役割になっている。そして松野氏は今回その役割を果たすために査問会と化した予算委員会に差し出された。

では世襲の人たちはどのようにして「兜」を継承するのか。

安倍総理がなくなったあと政治団体の晋和会には1億8770万円が寄付の形で移されていた。世襲政治家の場合は政治団体を作れば相続は非課税になる。その中には2700万円の自民党山口県連第四支部からの寄付も入っていた。山口県は選挙区の再編を控えている。第四支部はなくなり下関は林芳正さんの領地になりそうだ。つまり安倍家を支えていた人たちからしてみれば林家に領地を召し上げられるというようなことが起きつつある。

特に法的な問題はないとされているため構造の解析が進むことはないのだろうが、主人も継承者もいないがとにかく目の前にあるお金を「敵陣営」や「他の藩」に渡したくないという気持ちがあったのではないかと思える。

自民党の支部には最終的に3080万円が残っていたようだが人件費や事務所費の名目で支出してしまえば国庫返納する必要はない。一部は「私人」安倍昭恵さんの主催する政治団体に入り、一部は支援者たちの懐に(おそらくは人件費という形で)収まった。まるで「藩の解体」のようなことが行われており「他の藩には決して資産は継承させない」と言う執着心があったのではないかと思う。彼らは掴んだものは決して手放さない。

実際に山口で何が起きたのかが判明することはないだろう。これが前近代的で異常だという気持ちを持たない限り原因の解析はできない。おそらく山口で政治に携わっている人たちには近代的な民主主義を理解している人はいないのではないかと思う。一向に異議申し立ての話が出てこない。

切り捨てられる松野さんはかなり動揺していたようだ。朝日新聞は「松野氏の手が震えていた」と書いている。キックバックの慣習は20年程度は続いていたようだが、既に安倍元総理も細田前衆議院議長もいない。つまり、どのような経緯でこうした慣習が生まれたのかは誰にもわからない。議員の中には派閥の指示だったと証言する人もいる。陣笠として自分の考えを持たず領袖の言う通りに行動していただけなのに総括の際には差し出されて針の筵に座らされるという理不尽さがある。

こうなればいっそのことすっぱりと首を切ってやればいいと思うのだが、そうもいかないようだ。検察の捜査は13日以降に本格化すると言われている。現在安倍派の6人(5人組+座長塩谷氏)に全員に捜査が及ぶ可能性が出ている。つまり検察がある程度範囲を確定しない限り次の人事ができない。党の側の高木国対委員長も対象になっているため党の人事にも影響を与えそうだ。

岸田総理は麻生副総裁に相談をしつつ次の人事構想を練っているようだ。やはり最終的に頼るのは名家の出身者ということになるのだろう。

「非世襲系」ながら派閥の領袖に上り詰めた茂木氏だがパーティーの存続のために情報発信をしている。茂木氏は「党が厳しくチェックするからパーティーを存続させてください」と言っているがそんなことは最初からきちんと行われているべきだった。茂木氏が何を守ろうとしているのかはよくわからないがこの発言も火に油を注ぐことになりそうだ。

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