全銀ネットが2日にわたって停止し他行への振り込みができなくなったのは10月だった。あれから2ヶ月が経ち世間の関心は次第に薄まってきている。全銀協とNTTデータが会見を行い総括している。
当初「メモリ不足」と言われ一時否定されていた結局はメモリ不足だというところに戻ってきた。設計チームはメモリ領域を展開するように求めていたがプログラミングサイドがその指摘を見落とした結果事故が起きたのだそうだ。全銀ネット側は「事故が起きないという潜在意識があり油断があった」としている。
OSに不慣れだったのではないか、AI生成のせいではないかなど様々な説があったが、最終的には「誰かがなんとかしてくれるだろう」という請負ピラミッドではよく見られる典型的な事例だったと言える。
Bloombergは「障害など起きないだろうという油断があった」との発表側の総括を伝えている。今後は障害が起きる前提で「何かあった時のきまりを作る」などとの対策をとるそうである。既に金融庁にはこの線で報告が上がっているそうだ。再発防止という観点ではこれで総括終了になる。
事故の直接の原因もわかってきた。報道は二転三転していたが、結局は「メモリ不足」に戻ってきた。金融機関の名前などのテーブルはディスク上にあり必要に応じてメモリ展開されることになっている。初期報道によればこれは朝の作業によって毎日展開されていたはずである。ところがメモリが不足していたことで展開がうまく進まなかった。
当初は「新しいOSに慣れていないのでは」とか「AI生成プログラムをうまく使いこなせていないのでは」などと憶測混じりでお伝えしたが結局は「連絡ミス」が原因だったようだ。組織の失敗である。報告と全容解明に時間がかかったことからも関係者のレイヤーが多岐に渡り正直な証言が得られなかったことがわかる。
日経Xテックの記事は複数にわたる。数日に渡り記事を分散させてアクセス数を稼ぐという構成になっておりさらに無料と有料が分かれており極めて読みにくい。総合すると次のような姿が浮かんでくる。
設計をしている人たちは必要なメモリ量を理解していた。金融機関名はlong型で保存されており必要なメモリ量も決まっている。32ビット版では4バイトが必要で64ビット版では8バイトのメモリが必要だ。設計側はこれを理解していたが、プログラミングサイドに渡す時にプログラマー側がこれを理解していなかった。金融機関の数は1132あるそうだがプログラマー側はこれが一つひとつ展開されるものだと誤認していたようだ。テーブルは複数あったが全てを読み込んでテストをすることもやっていなかった。
細かい点はさておき、原因は設計側とプログラミング側の意識のずれだった。いわゆる「コミュニケーション不足」である。
原因がわかったことで今後の更改は無事に進みそうだ。だが報道には気になる点もある。今回の総括は特に下流工程にいる人たちのスキルの低さと意識のなさを糾弾している。多重請負の現場ではよく聞かれる指摘である。計画・設計をしている人たちは常に「現場の意識がもっと高ければ」と嘆く。一方的に批判するわけにもいかないので「監督責任はあるのだが」などとフォローしているがどの程度真剣に監督責任を受け止めているのかはよくわからない。とにかくもっと使える人が欲しいと嘆き続ける。
一方で下流にいる人たちにも言い分はあるだろう。下流の人たちは自分達が頑張っても「上には登れない」ことがわかっている。スキルを伸ばしたくても身分制になっていてスキル上達につながるような仕事はさせてもらえない。だからやる気が上がらない。
現実的には報告書を書かせてチェックするという対応策が取られることが多い。今回もそのような対応策をとるようだ。確かに一つひとつの問題は解決する。だが、そのうちに現場は報告書の作成やチェック作業に忙殺されるようになり、生産性とモチベーションが削られてゆく。長期的に見ると最悪の解決策だ。
多重請負も報告の爆発的増加も徐々に時間をかけて進んでゆくため自覚症状がない。典型的な慢性疾患としての日本病のような病状が進行してゆく。
結局、組織にいる人たちは自分達が何をやっているのかがわからなくなってしまい全体像を見失う。すると「自分はよくわからないが誰かがわかっているのだろう」と考えるようになる。集団的無責任体制が出来上がるが誰も何も考えなくなる。
今回の事故において上流工程の人は「わかってくれているだろう」と考えており、下流の人たちは「間違ったらきっと誰かが問題を見つけてくれるだろう」と考えていたようだ。つまりある程度「日本病」が進行した状態で事故が起きた。そしてその対策も従前通りの「チェックをしっかりする、マニュアルを作る」と言ったものに終わる。つまり日本病がさらに進行する。
こうした問題を解決するためには階層型の組織を解体しフラットなチームを作る必要がある。結局やる気があって現場を知っている人が上に登って行けるような仕組みを準備しない限り全体の士気は上がらないだろう。
だが、日本の企業も組織もこうしたメタな構造分析をやらなくなっている。メタな構造分析をやったところで「元請と下請けの賃金体系や年功序列賃金の壁」といった現実的な問題に突き当たり改革は不可能なのかもしれない。
こうした事情があり深い議論が展開されることはない。とにかく「原因がわかってよかった」とは言えるが、そもそも現場の人たちが原因を話せるようになるまで二ヶ月も時間がかかったという事実には十分に重いものがある。