ひろゆき氏が「新NISAは日本を貧しくする」論を展開しているという。「日本オワコン論」の一つと受け止められ反発も大きいそうだ。この論のやっかいさは不快ではあっても「実は本当である」点にあるのではないかと思う。
記事には反論も多いと書かれているがYouTubeなどで多く作られている新NISAお勉強動画を見るとこの辺りは既に織り込まれており何も驚くべき話ではない。どれも再生回数が多く情報感度がそこそこ高い人たちの間では当たり前の議論になっている。
なぜか姓がなく名前だけで語られる「ひろゆき氏」が「新NISAが日本を貧しくする」という議論を展開しているそうだ。日本オワコン論の一つとして受け止められ反発も大きい。
実は同種の議論を展開している人はひろゆき氏だけではない。むしろ現在の主流の議論と言える。ネットでは現役世代を対象に新しいNISAの勉強ビデオが多数作られているが「外貨は危ないから日本株だけに投資しましょう」などと言っている人は多くない。
もちろん日本株はあまりにも過小評価されていると言っている人はいる。だが海外株と日本株は少なくとも同列に扱われている。論点はむしろアメリカのインデックス連動投資にするか銘柄を自分で選ぶべきかという点にあるようだ。
特に目立つのが唐鎌大輔さんの議論だ。もともとJETROに入りEUの経済専門家だったという異色の経歴で、現在はみずほ銀行で為替市場を中心とする経済・金融分析をやっている。実務家出身であってアメリカドルだけではなくヨーロッパ経済に詳しいという点に特徴がある。
唐鎌氏が懸念する要因はいくつかある。
一つはデジタルサービス経由の外貨流出である。例えば、テレビ広告からネット広告に広告の中心が移るとその利益は外資系の企業のものになる。当然YouTubeなども外資である。Amazonで買い物をするとこれも外資の儲けになる。ところがこうした産業は日本ではその他扱いになっている。製造業が中心という産業構造が続いたため、デジタル産業は「その他サービス収支」とされまともに分析されていない。これが企業を通じたキャピタルフライトにつながる。
もう一つの問題がひろゆき氏が指摘している「投資」だ。これが家計からのキャピタルフライトを招く可能性がある。一度キャピタルフライトが起きると円安傾向に歯止めが効かなくなる。
ひろゆき氏が指摘する新NISAのヤバさは政府が現状に対して対策を講じずにむしろ政策を通じてキャピタルフライトを助長している点にある。もちろんこのようなやや複雑な議論が理解できない人はいる。だから「単に日本を貶める提案」として感情的に批判されているのだろう。
いずれにせよ今のところ唐鎌氏が心配するような動きは起きていない。むしろ直近ではやや円高傾向になっている。「外貨が危険」という思い込みがありこれがダムのような役割を果たしているのだ。コラムの中で唐鎌氏は次のように指摘する。
2023年6月末時点で家計金融資産は約2115兆円にのぼるが、そのうち円貨性資産が約97%(2041兆円)を占め、その中で現預金(除く外貨預金)が約53%(1111兆円)であった。こうしたスナップショットだけを見れば、日本の家計部門の運用傾向が保守的であるという現状はいまだ健在である。
ひろゆき氏のヤバさは実はここにある。「切り抜き動画」が盛んに流されており、おそらエコノミストたちよりも影響力がある。若年と現役世代の人たちはおそらく「日本に投資をするのはあまりよくないんだ」と考えるようになるだろう。
ではなぜ日本政府は日本を貧しくするような制度を導入しようとしているのかについてもみてゆこう。政府がNISAやiDeCoを推進したい理由については一般的に次のように説明される。貯蓄を投資に振り向けることで日本企業が成長する原資を捻出したい。これをこのように説明している記事を見つけた。税収を放棄すれば国内企業に家計から資金が流れるという見込みがある。注目すべきは単に株価と書かれているという点だ。つまり株式市場は国内にしかないという前提がある。
どうして政府は、わざわざ税収を減らしてまで国民に投資を促したいのでしょうか。それは、投資する人が増えれば株価が高くなり、経済全般に良い影響が現れてくるからです。景気が良くなれば、国民の満足度が上がり、政権支持率も上がり、政治家にとっては選挙で勝つためにばらまき政策をするのと同じ効果もあります。
ところが実際には投資家が日本を素通りして海外に資産を移しかねない状況が生まれている。
この認識の差は実際に投資口座を開いてみるとわかる。日系の投資会社は書類を送付し紙で申し込みを受け付ける。それを税務署に持ち込み他にNISA口座がないことを確認してから口座開設になる。一方でネット系はスピードが速い。例えばSBIはオンラインでNISA口座を開けてから税務署に申告する。ここで他に口座があればNISA講座の申し込みが無効になるが投資自体はオンラインで申し込んでからすぐに行えるようになっている。いうまでもなく外国株・債権投資も簡単なので投資障壁が少ない。少なくともネット系証券会社を見ると日本株も海外株も既に同列になっている。あとはクリックするだけだ。
加えて企業も個人も国内市場を回避する構造が出来始めている。
2023年上半期の国際収支を見ると形状収支が8.1兆円の黒字となっている。時事通信は「企業が海外投資から受け取る配当・利子収入などを示す第1次所得収支が上半期として過去最大となり、貿易収支やサービス収支の赤字を補った格好」と解説している。
つまり企業は既に国内市場投資(これは主に賃金と設備投資によってなされる)を避けるようになっている。海外に投資した方が儲かるからだ。そしてその儲けを蓄積したままで海外に再投資する。お金のある個人もそれに気がつき始めていて「だったら国内ではなく海外の直接投資をしよう」と考えるようになっているわけである。
結果的に影響を受けるのが国内市場だ。政府が何もしないことを背景にして企業も国民も結果的に「日本を見限ってしまう」。
政府が何もせずに「日本売り」につながりかねない政策を維持し続ける合理的な背景はよくわからないのだが、情報感度が鈍いことは間違いがない。
安倍総理はBuy my Abenomicsと言っていた。これがウケると学習した岸田総理はロンドンでInvest in Kishidaだとして日本への投資を呼びかけた。この時に使われたのが「資本主義4.0」だが、例によって中身はよくわからない。岸田総理の議論は総体的に「聞き齧りで雑駁」なところがある。これは経済対策にも表れている。複雑な議論を理解せず「とにかく賃金さえ上がれば全ての矛盾は解消されるのだ」と思い込んでいるようだ。ただそのために何をやるわけでもない。単に経済界と労働組合に賃上げを呼びかけた上で「ちょっと減税すれば国民は官の覚悟に感銘し考えを変えるだろう」との極めて楽観的な見込みを持っている。