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TBSが時間をかけてジャニーズ問題を総括 背景にあるワイドショー全廃の黒歴史

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TBSの「The TIme,」がかなりの時間を使ってジャニーズ問題の総括をしていた。ここまでやるんだなと思った。さらに夕方の「Nスタ」でも女性のアナウンサーが「忖度はしません」などと宣言していた。ここでもまた「TBSはここまでやるんだなあ」と思ったのだが、総括は「ああまた同じ問題が起こるだろうなあ」という程度のものだった。

総括は@編成と報道という対立関係があり社内調整が面倒だという認識が広がっていった」という内容だった。そしてこれを払拭するために社長が頑張って社員と一緒に意識を変えてゆきますという決意表明につながっている。レポートはTBSのウェブサイトで公開されている。俗人的な精神力で乗り切ろうとしているところがいかにも日本式という気がする。一生懸命に考えてもそれ以上の答えは出せなかったのだろう。

ただそれでもTBSがこの問題を取り上げたのはおそらくTBSの過去の大失敗によるものだろうと感じる。ワイドショーから一時撤退していた時代があるのだ。

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レポートが扱っていた問題は3つある。まず、容疑者とは呼ばずにメンバーと呼ばれたケースが出てくる。次に2009年のケースでTBSが匿ったのは草彅剛さんとみられている。東スポがそう指摘している。最後はジャニー喜多川氏の追突事故である。これは「あまり知られていないでしょうが」などと総括されていた。

レポートが原因として挙げていたのは報道と編成の間にあるセクショナリズムだった。事業と報道の対立ということになる。

総括では「悪者」扱いだった編成だが、CM枠の価値を高めるためにできるだけ数字が獲れるタレントを獲得したいというニーズは理解できる。ビジネスとしては当然の欲求なのだろうし会社に貢献した人たちの方が社内で出世するのだろうなあという気もする。一方で報道はTBSから半ば独立した状態にある。少なくとも筑紫哲也氏が夜のニュースをやっていた時には多事争論という「個人的意見を言える」枠を持っていたという記憶がある。局批判も辞さないという内容だった。

今回特にレポートが強調していたのは性加害問題の報道姿勢の検証ではなくTBSが2009年にジャニーズのタレント(これは草彅剛さんとみられる)を匿おうとしたという問題などだった。なぜこれが問題になるのか。

背景にあると思われるのが「TBSビデオ問題」である。大炎上しワイドショーからの撤退につながっている。この時にキャスターをやっていた筑紫哲也氏が「今日の午後まで私はこの番組を今日限りで辞める決心でおりました」と番組中で語り当時話題になった。

形式的は真正面から問題を受け止めており長い時間を使って総括もしているのだから「TBSはよくやったのではないか」と思える。確かに他の局に比べるとその姿勢は積極的と言って良いだろう。だが、おそらくこの総括では問題は解決しない。レポートで問題視された「社内調整の難しさ」が解決されていないからだ。

おそらく国内だけを見つめても解決策は見つからないだろう。BBCには理事長と会長という二つの役職がある。理事長は経営責任者だが会長は編集責任者である。

なお、BBCの理事長(chairman)は、BBC会長(director general)職とは異なる。BBC会長は編集責任者として、世界各地での制作・運営を率いる。現在の会長は、ティム・デイヴィー。

2012年にBBC会長が辞任している。政治家の性加害問題で責任を取った。編集権限を明確にし何かあった時に責任を取るのがイギリス式だ。

TBSの総括に欠けているのがこの「最終的に誰が何を扱うと決めるのか」題だ。社長は私が責任を持って人権意識を高めてゆくとしており現場にいる人たちにも周知徹底してゆくと語っている。つまり、意思決定者が明確にならないため「私たち一人ひとり」の決意で終わってしまう。きつい言い方をすれば「みんなで気をつけます」とか「真剣に受け止めています」程度の話しかできない。

それがよく表れているのが日比麻音子アナウンサーのこのコメントだ。

「今回の調査結果と提言を真摯(しんし)に受け止め、これからの番組づくりに生かしてまいります。私たちはみなさんの知る権利に応えるその使命を果たすべく、ニュースを正しく的確に伝えていくことをあらためて肝に銘じ、何かしらの利害関係のある対象への忖度(そんたく)など断じていたしません」と述べた。「誰ひとりの人権が侵害されることを許すことなく、ひとり一人の声に耳を傾け、誠実にお伝えする番組であり続けることをお約束いたします」

決意は素晴らしいと思うのが、日比さんのアナウンス力が高いせいもあり、どうしても「日比さんはどれくらいの権限を与えられておりこの発言ができたのだろう」という気持ちになる。仮に裏打ちがなければ単なる個人の決意の表明になってしまう。そもそも政治は利害の調整なので「みんなの人権侵害を許容しない」という報道は極めて難しい。それがわかっていて言っているのかそれとも単に原稿に書いてあるから言ってみただけなのかが伝わってこない。

そもそも日比さんは組織的には編成側の人なのか報道側の人なのか。

そもそも総括する文化がないにも関わらず番組で時間を使って問題を扱ったのはなぜなのだろうか。背景にあると思われるのがビデオ問題だ。Wikipediaにまとめがある。

1989年にTBSはオウム真理教を取材する。この時に坂本堤弁護士に取材した内容をオウム真理教側に見せてしまった。このビデオを見た麻原彰晃元死刑囚が「坂本堤弁護士はけしからん」と発言し、殺害計画が持ち上がり、そのまま実行されてしまった。つまりビデオがきっかけになり殺人事件が起きた。

1995年に起きた地下鉄サリン事件の操作の過程で警察からTBSに捜査協力依頼がゆく。この時点でTBSはワイドショースタッフの軽率な行為が殺人事件のきっかけになったと把握した。TBSはさほど重要だとは認識しなかったが日本テレビによって報道されて騒ぎになった。

当時の杉尾秀哉キャスターは「オウム真理教にビデオを見せた事実はない」と報道し、衆議院でもTBSの参考人が同様の証言をした。少なくともWikipediaはそうまとめている。TBSが殺人事件のきっかけになったという事実よりも「その後に否定し続けた」ことが世間の反発を呼んだ。放送局としてあまりにも誠実さに欠けるとみなされたのだ。

この時に内部からTBSを批判したのは筑紫哲也氏だ。元々朝日新聞系の週刊誌の編集長だったという経歴のある人だ。「一旦は辞めようと思ったが思い直した」と切り出し「TBSは今日、死んだに等しいと思います」と宣言した。

筑紫哲也氏がこのように独立した報道を行えたのは社員ではなく社内である程度独立した地位を確立していたからだろう。TBSの局内では少し浮いた存在だったがおそらくそれは組織に裏打ちされたものではなく一部の人たちの共有される組織内組織の文化だったのだろう。

筑紫哲也氏は病気が見つかり番組から降板。その後しばらくして亡くなってしまう。おそらく社内には筑紫哲也氏に影響を受けた人は今も社内に残っているのだろうが次第に減ってゆくものと思われる。例えば筑紫さんの影響を受けたと見られる松原耕二さんのプロフィールを見ると「ニュースの森」では編集長だったと書かれている。同じキャスターでも編集権のある人もいればアナウンサーとしてキャスターを務めている人もいるということだ。

これは「情報バラエティ」と名前が変わったワイドショーも同様だ。安住紳一郎氏の番組での位置付けはよくわからないが社内的には「専門職」扱いになっている。正式には「TBSテレビ総合編成本部 アナウンスセンター局長待遇エキスパート職 アナウンサー安住紳一郎」と言うそうである。おそらく編集については「みんなのお話し合いと色々な総合調整」で成り立っているはずであり決意の割には明確な規定はできていないという印象である。

経営のことを考えて良いタレントをキャスティングしたいと考える「編成」と呼ばれる人たちとTBSは報道機関だと考える報道畑の人たちには決定的な意見の相違がある。さらにどちらかと言えば経営に貢献した人の方が局内で出世するというのも確かなことだろう。つまり、今後も「社内調整問題」は解決しないだろう。さらに言えば「政治報道」をやる限り完全中立で誰も傷つけない報道は理想ではあるのだろうが実現は極めて難しい。むしろ問題が起きた時にそれをどう総括し学習するかが重要になる。

おそらく社内の総合調整では決着がつかないのだから内容と経営を考えた上で誰かが何かを選択しなければならない。これを俗人的な「気持ちと決意」で乗り切ろうとしているというのが今回の総括だったといえるのではないかと思う。

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