現在はインフレなのかデフレなのかについて調べている。きっかけになったのはTBSの「物価高でデフレマインドが復活するかもしれない」というコラムだった。物価高とはインフレのことなので「インフレになってデフレマインドが復活する」という訳のわからない内容だ。これはおかしいのではないかと感じた。
いろいろ調べてみると日銀の調査に行き当たった。岸田政権になって生活にゆとりがなくなったという人が増えている。原因として9割程度の人が「物価高」を挙げている。
ここまでを読むと岸田政権の政策のせいで人々の暮らしに余裕がなくなったのだと考える人が多いのではないかと思う。だが本当にそうなのだろうかとも感じる。
いずれにせよ、これまでの場当たり的でチグハグな情報発信から、岸田政権が国民の生活実感を読み取れていないことは確かだ。「国民はゆとりをなくして苛立っている」と考えると、あまりにも配慮のない情報発信が多い。
岸田政権は人々の暮らしの実感を読み取れない理由は二つある。第一に日本には統計データをもとに政策立案をするという考え方がない。次に岸田総理はスーパーマーケットに行かない。つまり、人々の生活実感が悪化してもそれに気がつかないのだ。同じようなことは「カップラーメンが400円くらい?」で国民に嫌われた麻生政権下でも起きていた。この時には自民党は政権を失っている。
TBSが「物価再加速で心配な『デフレ心理に逆戻り』【播摩卓士の経済コラム】」というコラムを出している。物価が加速することをインフレと呼ぶのになぜデフレマインドが復活するのか?
意味がわからない。
現在はインフレなのかデフレなのか。色々調べたところロイターの「コラム:減税表明が支持率低下に拍車、日本経済反転へ「決め手」欠く」という記事を見つけた。こんなことが書かれている。6割近くが「最近ゆとりがなくなったなあ」と感じているそうだ。
根底には、物価上昇による実質賃金のマイナスと購買力の伸び悩みがある。9月の実質賃金は前年比2.4%低下と18カ月連続のマイナスを記録。日銀の生活意識に関するアンケート調査(9月調査)では、現在の暮らしに「ゆとりがなくなってきた」との回答が57.4%に上った。
調査結果は日銀のウェブサイトからダウンロードできる。グラフを取ると岸田政権になってからゆとりがなくなったという人が急激に増加していることがわかる。なぜそう思うかについても質問がある。実に9割近い人が物価高を挙げている。
ただ、この調査はあくまでも一般の人の主観を聞いているだけだ。さらに属性分析できるほどのサンプル数もない。つまり、あくまでも漠然とした全体像しかわからない。ただそれにしても急速な変化は気になる。
岸田政権の最初の決意表明は「国民の所得を倍増する」だった。だがこれはあくまでも総裁選の漠然としたビジョンに過ぎない。そもそも「新しい資本主義」とは何かがよくわからない。これまで所得は上がってこなかったのになぜ今になって所得が上がるのだろうか?と国民が当惑しているうちに「投資をして自分達で所得を増やしてください」ということになってしまった。
次に突然バイデン大統領に対して「防衛費を2倍に増額します」と約束してしまう。ここから徐々に将来の税負担増を予感させる議論が始まった。
そのうちに諸物価が上がり出す。円安が進行し輸入品が高くなっただけでなく、ウクライナの戦争によりエネルギー価格が高止まりしたのも原因である。つまり物価高にはいくつかの複合的な要因があるものと考えられる。特に影響を受けているのは、小麦(パン)や乳製品など誰もが必要としている食料品である。
岸田総理が「今までの経済を見直す必要がある」と言い出したのと時を同じくして物価が上がり出した。だから「岸田さんが何か言い出したら途端に生活が悪くなった」と考える人が増えているのだろう。
ただ腑に落ちない点もある。そもそも「生活にゆとりがなくなった」は主観にしか過ぎない。またその原因として90%の人が物価が上がったからだと言っている。実際に買い物に行って物価高を感じた人もいるだろうが「テレビでそう言っているから」とか「家族や友人など周りの人がそう言っているから」という理由で「物価高のせいで生活にゆとりがなくなった気がする」と思い込んでいる人も少なくないのかもしれない。
所得に関しては違った動きが見られる。所得が減ったことで生活にゆとりがなくなったと考える人が最も多かったのは民主党政権時代である。リーマンショックの影響で欧米の消費が冷え込んだ時期にあたるが、今ほど少子高齢化による人手不足の影響はなかった時代だ。むしろ非正規雇用が問題になっていた。また大量退職が始まりこれまで高い所得を得ていた正社員が非正規転換した時代にあたる。これも民主党の政策が悪かったというよりは世界経済の変化と人口動態の影響だろう。
民主党の時の不満は2011年ごろに解消に向かう。まずリーマンショックの影響が落ち着き、次に東日本大震災が起きた。つまり全体的に景気が悪化した。みんな苦しんでいるのだから仕方がないと考えて不満が解消した可能性がある。つまり、災害で平等に経済が悪化すると人々の生活実感はむしろ向上するという不思議な状況がある。おそらく周りと比較して生活実感を見ているのではないかと思う。
つまり景気の悪化や停滞が生活実感を相対的に向上させるという不思議なことが起こるのだ。
同じことはコロナ禍でも起きている。実はコロナ禍の時期には余裕がなくなったという人が減っているコロナが明けて経済が動き出したことで、他人と比較して自分の経済状態にゆとりがなくなったと感じている可能性もあるということだ。
この日銀の調査は2006年からのデータを比較することができる。
実は2008年9月に「ゆとりがなくなった」という人が65%まで上がっている。この時に首相になったのが麻生太郎総理だった。国民の生活実感が苦しくなる中で記憶に残る答弁がある。それがカップラーメン400円事件である。リーマンショックで日本経済も苦しさを増していた。そんな中野党議員から「麻生総理はカップラーメンの値段を知っているのか?」と問われ「400円くらいします?」と答えたというものである。
この答弁で「麻生さんには庶民感覚はわからない」という印象がついた。自分達と生活実感が違うとなると何もかもが気に入らなくなってしまう。このとき盛んに言われたのが漢字の言い間違いである。とにかく麻生さんは嫌いだから早くやめてもらいたいという印象がついてしまったのだろう。
仮に日本政府が「国民の経済的な見通し」について連続的かつ網羅的な調査をしていれば、麻生政権も岸田政権も物価高対応こそが支持率に連動する喫緊の課題だと気がついていたはずだ。
だが、岸田総理の発言を見る限り総理大臣はSNSの反響などを見て場当たり的に政治姿勢を決めているとしか思えない。読売新聞の調査によると岸田総理は特にSNS利用層に人気がないことがわかっている。将来負担を現役世代に押し付ける嫌な総理大臣だという印象があるためだ。だがおそらくSNS利用層の反発と国民一般の反発は似て非なるものだろう。
当時と現在では大きな違いもある。麻生政権当時はまだ民主党が政権をとっておらず「ここは一度民主党でもいいのではないか」という漠然とした期待感があった。ところが現在は「民主党にやらせても結局消費税が上がっただけだった」ということがわかっている。このため野党にも期待は集まらない。
そんな中、野党も立ち位置に苦労している。
日本維新の会の馬場代表は補正予算に賛成した是非を問われ「万博の関連経費が入っているから苦渋の決断で賛成した」と釈明した。国民が現在の政治に漠然とした不満を持っていることはわかっている。共犯者として連座させられることは避けたい。だが、公金を使って支持者たちを引きつけておく必要がある。万博は国民にとっては大きな負担だが、それは一部の人たちの利権になる。おそらく国民民主党や国民民主党を支援する連合も「どっちについた方が自分達にとって得なのか」ということを考えて、場当たり的な釈明を繰り返すことになるのだろう。まさに岸田政権は泥舟である。
まとめると次のようなことが言える。
岸田総理の不人気の起点は、漠然とした根拠なき「新しい資本主義」というビジョンだ。さらに問題だったのは岸田総理が国民に変化を求めたのと同時期に世界経済の状況が変化したことだった。もともと物価高・インフレ・成長・デフレ・縮小経済という言葉が好き勝手に使われていたこともあり国民は正しく因果関係を理解できなかった。さらにSNS層は将来の負担増を予感させる岸田総理に根強い不信感を持っている。この層に呼応したことでさらに状況が悪化してゆく。
岸田総理が自分自身で自炊などをしていれば物価高を実感することができていたかもしれないが、カップラーメンが400円くらいするだろうと考えている麻生総理と同じくらいのおかしな感覚しか持っていないはずである。統計によって国民生活に起きている変化を捉える仕組みもないため場当たり的な発信に終始し国民の怒りを買っているといえるだろう。
麻生政権時代との違いは国民に代替選択肢が与えられていないという点だ。2009年には民主党という出口があったが現在日本国民にそのような選択肢はない。これもまた有権者を苛立たせる原因になっているのではないかと思う。
Comments
“岸田政権下で「生活にゆとりがなくなった」という人が6割近くに急増” への2件のフィードバック
実質賃金の18ヶ月連続下落という客観的な統計が出ているので
生活にゆとりがなくなってきているという調査は、なんとなくなどではないと思いますよ。
賃上げは全体で1%も無いので、18ヶ月連続で賃下げが起きているのと変わりませんから。
スーパーに行っても値段を見て「これを買うのはやめておこうかなあ」などと考えることが増えた気はします。
価格転嫁は進まず小売各社がプライベートブランドに力を入れ始めたという報道もよくみるようになりました。
コメントありがとうございます。