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岸田政権の新たな「改革」で過疎地から電話が消えるかもしれない NTT法の廃止議論

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西日本新聞が「NTT法見直しに地方危機感 自民PTは完全民営化も視野 過疎地のインフラ「不採算で撤退」懸念」という記事を出している。西日本にはJRの悲劇を体験している自治体が多く、NTTでも同じようなことが起こることを心配しているのだろう。ちなみに「西日本新聞」と言っても中国・四国地方を含む西日本の新聞ではなく福岡県の地方紙である。北部九州一体にネットワークを持っている。

きっかけは防衛費の捻出議論だった。コストカットを突き詰めてゆくと当然「足手まといになっている地方を切り捨てては」という議論になるだろう。

一体何が起きているのかを調べてみた。

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きっかけは防衛費の財源議論だった。

岸田総理の防衛費2倍という国際公約を実現するためには裏打ちとなる財源を準備する必要がある。そこで自民党が目をつけたのがNTT株の売却だ。だがそのためには国の株式保有を義務付ける法律を改正しなければならない。

検討を始めたのは甘利座長のチームだが現在は改正ではなく廃止の方向で検討が進んでいるという。NTTに余計な義務が課されているためにGAFAのようになれないというのがその理由である。日経新聞などは国際競争力のある企業の誕生に期待を寄せている。

読売新聞もほぼ同じ論調だ。

この方針は通信事業の競合他社(KDDI/ソフトバンク/楽天)の反発を招いている。主な論点は三つある。

  • 巨大な会社が誕生することで国内競争力が失われ携帯電話料金の値上げにつながる
  • ユニバーサルサービス義務がなくなるので過疎地から電話が消える
  • 外資規制を行うことが難しくなり経済安全保障上の懸念がある

競合他社は単にNTTに反発しているとみられることを懸念し「改正には反対しないが廃止は困る」とポジションを明確にし懸念を3点に集約したようだ。

おそらく、彼らの本音は別のところにある。NTTが抱えるボトルネック設備と呼ばれる資産の解放である。

NTTは電電公社のインフラを継承し優位に事業を進めてきた。競合他社は自分達で施設を拡大してきたが、全国に張り巡らされた局舎(7,000)、光ファイバー(110万km)、1,186万本の電柱など使ってサービスを提供しているためNTTに依存する状況が続く。この際、これらの設備についても対策を検討すべきだと主張する。

政府資産の売却を起点になり、NTTから規制を取り除けばGAFAのような企業が誕生するのではないかという根拠なき期待が膨らんだ。ところが協業他社は競争条件が悪化することを恐れている。今の時点では通信事業者の間の内輪揉めだと見做されており世論の関心は高くないが次第にNTT対競合他社という対立構造が作られている。

このまま国民世論の関心が低いまま議論が続くことも考えられる。だが西日本新聞が指摘するような過疎不安に着火すればおそらく議論はもっと複雑なものになるだろう。地方を基盤とする野党がないことだけが救いなのかもしれない。現在の議論は東京選出の萩生田政調会長と神奈川選出の甘利明座長という「都市代表」が議論を主導しており地方の声が反映される可能性は低い。

仮にこの議論が自民党の中にある都市対地方という対立に火をつけると、既に求心力を失っている岸田政権で議論を収拾することは難しくなるだろう。

確かに、NTT法にある「あまねく義務」規定を維持したまま自由競争に晒すことはできない。また、NTTの株を新しく買いたいという人が期待するのはやはり充実したインフラ網に裏打ちされたNTTの優位性だろう。自民党としてはできるだけ高値で株式を売りたいのだからこれを切り離した提案を行うとも考えにくい。

さらに言えば「地方を切り捨てることによって増税が回避できるのでは」という議論になれば当然都市部の住民たちは「さっさと民営化してしまえ」と考えるだろう。

何らかの意思決定が必要で「すべての人が納得する」ような提案が自然発生的に出てくることは考えにくい。

ではNTTの完全民営化はが実現するとどんな結果になるだろうか。おそらく地方の小口切り捨てということになるだろう。

JRを例にとると東海道・山陽新幹線と一部の都市路線だけが繁栄し他の路線が衰退したのと同じような状況が生まれる。これは当然地方の切り捨てにつながる。地方はマイカー依存が進んでいるため困るのは高齢者や学生などの少数の「弱者」だ。

一方で日本郵政もユニバーサルサービスの維持に苦しんでいる。こちらは日本郵政を後追いしようとして小口で失敗しつつあるヤマト運輸と小口を切り捨てて法人に特化して成功している佐川急便という状況がある。つまりやはりお金のかかるコンシューマー向けを切り捨てた方が儲かる事業が作れる。

日本郵政とヤマト運輸は協業化を加速しなんとか生き残りを図ろうとしている。Amazonは対策として中小の運輸会社に依存するようになったがそれだけでは足りずフリーランスを集めている。

国産家電メーカーが次々と市場から撤退したことから分かるように「コンシューマー向け」は儲からない事業になっている。家電メーカーの場合は台湾か中国への身売りという状況も生まれている。いずれのケースも市場原理に任せると地方の小口が切り離され外資に売り渡されるという状況が生まれている。

個人消費が落ち込んでおり個人向け事業には価格競争圧力がある。「みんなの賃金上昇」が実現しない限り地方のビジネスが成り立ちにくいという状況はこれからも続くだろう。

このように「ユニバーサルサービス」という概念が日本から消えつつある。ただ、地方を切り離すことによって国が成長をするのならそれはそれでありという気もする。ところが冷静になって考えてみるとアメリカのGAFAの中には民営化された国営企業は入っておらず、自分達でリスクを取ってガレージから成長したという企業が多い。

基盤にあるのはイノベーションを加速するコミュニティの存在とそれを応援する投資家の目利き力だ。こうした議論が全く行われることなく「NTTから規制を取り除けばGAFAに太刀打ちできる企業が生まれるかもしれない」という期待感にも実は希望的観測に過ぎない。実はNTTを規制から解き放てばGAFAを打ち負かしてくれるだろうという期待にも大した根拠がないのである。

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