9月末に起きた宝塚歌劇団の25才の娘役の事件をきっかけに宝塚歌劇団が揺れている。遺族側が会見を開き歌劇団の「ブラック企業ぶり」を告発した。歌劇団の内部には動揺が広がっているようで公演の継続は見通せないままである。11月23日までは大劇場はほぼ閉館状態になるようだ。
背景にあるのは名ばかり管理職問題だ。娘役はフリーランス扱いだったそうだが事実上は労働者としてか劇団側から各種の制約を受けていた。そればかりか管理職の責任を押し付けられ残業時間は277時間にもなっていたそうだ。さらにイラついた上級生からヘアアイロンを額に押し付けられ火傷まで負っていたという。
問題の兆候は早くから出ていたことも知られている。つまり防げる事故だったのだ。
何か不祥事が起きると問題を分析せずに集団で圧力をかけて「お前が我慢すればそれで丸く収まるんだ」というのが日本式だ。問題を言語化できないため見て見ぬ振りをすることになる。宝塚歌劇団宙組の25才の娘役もそのような境遇に置かれていたようだ。歌劇団は問題を認めようとせず彼女は最終的に極端な選択をとる。
事件が起きたのは9月30日だった。18階建てマンションの最上階からダイブした。歌劇団は対応に戸惑い「調査には時間がかかる」と問題の先延ばしを画策する。背景にあったのはいじめ問題だった。2023年の早い時点ですでに報道は出ていたようだが歌劇団側は「被害者も加害者もいない」と全面的に否定していた。
劇団の対応に我慢できなくなった遺族側が弁護士を引き連れて会見を開いたことで歌劇団の実態が多くの人に知られることとなった。読売新聞の記事を引用すると次のようになる。
相次ぐ退団で「中間管理職」が2名しかいなかった。「私がやめたらもう1人が大変なことになる」ということで退団ができず、残業時間が277時間という過激な状態になっていた。さらに上級生から額にヘアアイロンを押し付けられて火傷を負わされるという事件も起きていたが歌劇団からは黙殺され事件の存在そのものが否定された。
彼女は契約上はフリーランスということになっていた。だが遵守事項が多くあり実際には劇団の支配下にあった。さらに取りまとめだったことから事実上の管理職だったこともわかる。
マスコミ報道はここまでだが、宝塚の「お知らせ」を見るとかなり深刻な状態になっていることがわかる。雪組は「生徒の心身のコンディションを最優先にし」という理由で11月23日までの公演が中止になっている。大劇場は23日までほぼ全て閉館になる。また各組に休演者が多く星組からは退団者も出ている。とはいえ劇団の存続のためには公演を続ける必要があるのだろう。内部で何が起きているのかは「お知らせ」からは伝わってこない。
歌劇団の秘密主義もありこの一連の事件にはよくわからない点が多い。上級生が女優の顔に傷をつけたというのはよくよくのことだ。つまりそもそも劇団の雰囲気はかなり悪化していたはずだ。上級生たちも不安定な状態に置かれていたのだろう。今年2月にはすでにいじめ報道があったそうだが世界観が壊れるのを劇場側が恐れたのだろう。「(宝塚には)加害者も被害者もいない」として全否定していたそうだ。
どうしてこんなことになったのかを分析する記事は多くない。森下さんという元宝塚総支配人が東洋経済に記事を書いている。
コロナ禍で興行ができなくなり歌劇団が厳しい状況に置かれていたことは間違いがないようだ。伝統的な演出は「裏方の密」が前提になっていたために今まで当たり前にできていたことができなくなってしまっていた。
森下さんはファンが「今までと違う」と考えて離れてしまう可能性を恐れていたようだ。「お約束」が「世界観」を支えているという説明になっている。
演出面で「お約束」を破るとファンがガッカリし「宝塚は変わってしまった」という理由で離れてしまう。さらにロングラン公演を増やしたりチケット代を値上げするとやはり「これまでとは違っている」という理由でファンが離反する可能性が高かったという。このため宝塚歌劇団は変われなかったのだろうとしている。
仮にこの説を採用すると、これまでの環境に最適化して巨大化した恐竜が周囲の環境変化(コロナ)に遭遇した結果立ち行かなくなったということになる。これが内部の行き詰まりを生んだ。見切りをつけてやめてゆく人が増えると将来不安を抱えた上級生たちは下級生の額にヘアアイロンを押し当てる。さらに、責任感がある人たちに余計な重圧がかかり、ついには極端な道を選んでしまったということになる。
おそらく宝塚歌劇団もそれを支えるファンたちも中にいる俳優たちも問題を言語化して特定できていないのだろう。結果的に指の差し合いが始まり問題は解決せず公演の再会も見通せなくなっている。一人ひとりが勇気を持って問題を言語化しお互いに共有するまで問題の解決は見通せないだろう。
問題を言葉にして対処可能な状態に落とし込んでゆくという技術を持たないというのは非常に不幸なことだ。環境変化にさらされて滅んでゆくしかなくなる。