総理の賃上げに対する反発が広がっている。経済の主役として日々頑張っている国民を差し置いて自分達だけ待遇改善をするのかという反発なのだろう。岸田総理に「国民と共に成長してゆきたい」という姿勢が感じられないことが離反を生んでいるように思える。
岸田総理が「自分は国民の賃上げに自信を持っており、それが日本経済にとって重要だとわかっている」「国民の賃上げが達成された暁には同じ分だけ自分達も給料を上げさせてもらいます」「できるだけ自分達の給料が多くなるように頑張って働きかけてゆきます」と言っていればおそらくこれほどまでの大騒ぎにはならなかっただろう。
賃金アップの法律案が提出されたのは10月20日だった。だが、その後もしばらくは大した問題にならなかった。報道の説明は「自衛隊など特別公務員の給与増額」だったためだ。だがこれが「実は総理大臣以下閣僚の待遇改善だ」という認識に変わったところで、反発が広がり始めた。強烈な反応に驚いた官邸は「賃上げ分は返納しますから許してください」として火消しに躍起になっている。
閣僚の月給引き上げは2015年以来8年ぶりだという。日本ほどの人口規模の国では国民経済が成長をもたらす。普段から総理大臣が経済の主役であるべき国民の側に立つ姿勢を示していればここまでの反発は広がらなかったはずである。だが、国民は自分達に賃上げの恩恵はないのではないかと疑っており「総理大臣だけが待遇改善をするのはずるい」という空気がつくられた。
この賃上げが問題視され始めたのは10月31日ごろからだったが、朝日新聞のこの記事はそれほど注目されなかった。
- 岸田首相はよもやの年収30万円アップ、閣僚も20万円増の無神経さ 驚きの法案は誰のため?(朝日新聞:2023/10/31)
自衛隊に対する「利益誘導」ということになっているが、ロジックがわかりにくい。無理に批判に結びつけようとして失敗したと言う感じだ。
「特別職で多いのは防衛省職員、自衛官などです。ウクライナや中東で戦争が起こり国際情勢が厳しくなっているほか、中国の軍事力増強や北朝鮮のミサイル発射などがあり、自衛隊の役割は高まっています。そんな中で『自分たちは配慮している』という姿勢を見せる狙いがあるのでしょう。言い換えれば、利益誘導、選挙対策でもあります。こうした法案でもごり押しできるという余裕が岸田首相としてはまだあるのだと思います」
SNSの怒りに火をつけたのは週刊誌報道だったようだ。46万円という数字がXでトレンド入りしていることから国民に実感しやすい数字が反発されたものと思われる。国民を差し置いてというニュアンスで「国民VS総理大臣」という構図ができてしまっている。
- 「どんだけツラの皮厚いんだ?」首相給与46万円アップ法案に庶民の怒り爆発 国会でも「国民からどう見えますか?」指摘(女性自身:2021/11/1)
「SNSの評価は気にしない」とする岸田総理だが11月2日になると共同通信がSNSの批判を拾い再配信を始める。
- 首相・閣僚の給与増に批判(共同通信・ロイター配信)
- 首相の給与増、論争の的に 衆院で法案審議が本格化(共同通信・Yahoo!ニュース)
SNSの批判を意識し産経新聞が「独自」として自主返納で調整していると書いている。そもそも「自主返還するのだから問題はない」として法案を通そうとしていたため、この対策は「独自」でもなんでもない。だが、産経新聞は方向転換を図ったと書いている。具体的な方法が全く決まっていないことから官邸がかなり慌てていることはわかる。
2015年の安倍政権でも同じことをやっていたわけだがこれほどまでに批判が盛り上がったという記憶はない。これは総理大臣のイメージの違いだろう。安倍政権時代には麻生財務大臣と財務省が「悪役」になっており官邸が戦っているというわかりやすい構造があった。一方で岸田政権はそもそも財務省・財界寄りという印象がある。この初期値の違いが広がり続けていてちょっとした不満が炎上につながりやすい環境を作り出している。
仮に国民が特別公務員の賃金アップそのものに怒っているならば立憲民主党などが出している政策が支持されていたはずだ。だが、そのような兆候は全くみられない。野党の提案もまた「野党の支持稼ぎだろう」と見做されている。おそらく国民の間に広がっているのは、政府が自分達を見て政策を立案してくれていないと言う不満だろう。わかりやすい言葉で言うと「寄り添っていない」と感じているのだ。総理大臣は支持率ばかり気にしており、野党も自分達の票が欲しいだけだと言う理解である。
日銀は「企業の価格転嫁が進みつつある」という認識を示している。これに賃上げが加われば景気の好循環が回り出す。すると国民の不安は払拭され岸田総理が賃金を上げても文句を言う人は少なくなるだろう。実は経済が好転を始めるかそのまま停滞を続けるかという意味では重要なタイミングになっている。だが、ここで賃上げが定着しなければインフレは単に国民生活の窮乏と経済の縮小を招くだけである。
岸田総理が「自分は国民の賃上げに自信を持っており、それが日本経済にとって重要だとわかっている」「国民の賃上げが達成された暁には同じ分だけ自分達も給料を上げさせてもらいます」「できるだけ自分達の給料が多くなるように頑張って働きかけてゆきます」と言っていればおそらくこれほどまでの大騒ぎにはならなかっただろう。
だがどういうわけか岸田総理にはそれが言えないのだ。