ネタニヤフ首相がアメリカのテレビ局ABCのインタビューに応じ「戦後のガザ地区は我々が管理する」と宣言した。日本でもYouTubeで映像を見ることができる。何度も修羅場をくぐってきたネタニヤフ首相にとっては簡単な世論操作だったといえるだろう。当然バイデン大統領は国際的に戦争犯罪国家の後見人という苦しい立場に置かれることになる。必ずしもバイデン大統領の失策というわけではないのだが、少なくともネタニヤフ首相に振り回されているといえる。
当初イスラエルはガザ地区の統治には関心がないと説明してきた。ガザの統治と占領はパレスチナ・イスラエルの2国家体制を求める国際世論に反する。だがガザの南北分断に成功した結果、野心が生じたのかもしれない。ガザの統治に言及した。時事通信の表現では「無期限駐留」となっていて「安全保障の責任を全て負う」としている。
交渉は巧妙なものだった。まずイスラエルを訪れたブリンケン国務長官を冷たくあしらい「自分はボスであるバイデン大統領としか話はしない」とばかりにバイデン大統領と電話会談を行った。
普段ならバイデン大統領がアメリカのメディアに説明をする。この時に都合の悪い事実は省かれる。
ところが、ネタニヤフ首相は英語に堪能である。ABCの有名なニュース番組の司会者デービッド・ミュアーとのインタビューに答え「戦略的一時停止は今でもやっているし、イスラエルはガザ地区を統治する準備がある」との意欲を表明した。一時停止と言っても「1時間攻撃を止める」といった程度のポーズ(停止)である。このためバイデン大統領は自分に都合がいいように説明する機会を奪われることになった。全てネタニヤフ首相のペースで物事が進んでいったのである。
アメリカの大統領選挙が1年後に迫っている。バイデン大統領はスウィングステートで支持率が低迷しておりユダヤ系支持団体からの資金援助は手放せない。共和党側の陣営にも同じことがいえる。だから資金面でイスラエルが見放される心配はない。さらに、アラブ系・イスラム系諸国の対応もまとまっていない。ガザ地区を統治できる主体が見つからない上に、移民・難民が定着することを恐れて人道救援のためにラファからパレスチナ人を逃す構想にも後ろ向きだ。ネタニヤフ首相はこれらの諸事情がよくわかっているのだろう。あとは直接アメリカの世論に訴えかければいい。実際に支援の確約を得る必要はない。そういう印象をつければいいだけなのだ。
結果は後からついてくる。
国際的な批判は日に日に高まっている。ハマス・イスラエル双方共に戦争犯罪に当たるとの指摘が出ている。もちろんイスラエルも非難の対象になるだろうがバイデン政権の方が失うものが多い。民主主義の擁護者という立場から戦争犯罪の支援国家ということになってしまうからだ。しかしそれでもイスラエルを切り離すことはできない。大統領選挙がある。
ロイターも「手詰まり感」と書いているが、日本でも一連の問題が「バイデン大統領の問題である」と分析されることが多くなってきた。
共和党の内紛から議会が混乱しており11月17日の政府閉鎖が解消する目処は立っていない。共和党は何度でも政治的ショーを繰り返すつもりのようである。支援のための予算成立には目処が立たず、イスラエルもコントロールできていない。それどころかネタニヤフ首相が直接アメリカのメディアに対して語りかけ着々と既成事実を積み重ねてゆく。
ネタニヤフ首相はそもそも汚職問題を抱えている上に、ハマスを育てエジプトの警告を無視して今回の惨事を作り出したという批判にさらされている。つまり「止まったらその時点でゲームオーバー」になってしまう。だからこのまま進み続けるしかない。ついにはバイデン大統領を巻き添えにして走り続けている。もちろんガザの市民も危険にさらされる。民間人死者のカウントはウクライナよりもずっと早いペースで増えているのだ。
バイデン大統領の失点は習近平国家主席の得点になる。中国は当然これを利用したいと考えるだろう。中国はイスラエル・パレスチナ2国家体制を支持しているとの立場を再確認した。またサウジアラビアとイランも首脳間交渉を始めたようだ。イランの大統領が12日にリヤド入りする。アメリカ・トランプ政権の主導で始まったアブラハム合意は崩壊し中国が仲裁したサウジアラビアとイランの関係は機能している。これも中国にとっては宣伝材料になる。中国とアメリカの関係はシーソーのように揺らいでいる。
バイデン大統領の3年間はトランプ氏に振り回された3年間だったといえる。外交的にはプーチン大統領に振り回されウクライナ支援に腐心してきた。そこにネタニヤフ氏という新しい不安定要因が加わったことになる。めちゃくちゃな人たちに振り回されるという星の元に生まれた人なのかもしれないと考えると多少気の毒な気分にもなる。