自由競争社会では価格は需要と供給のバランスで決まることになっている。教科書にはそう書いてあるのだが、実際に価格が決まるところなどみたことがない。そこで気になってヤフオクの価格形成について調べてみた。題材にしたのはMacbook – A1181と呼ばれる一昔前のノートパソコンと、Mac Miniだ。Mac MiniにはG4と呼ばれるひと世代前のCPUのものとA1181と同等のIntel Core2 Duoと呼ばれるCPUがある。
エントリープライス
売り手は仕入れ値などを参考にして価格を決めたくなる。実際にAmazonでは25,000円程度で売られている。ハードオフでは、PowerPCのノートパソコンが20000円で売られていた。しかし、この価格をエントリープライスにしても入札者はいない。5000円ですら応札者がつかないものが多い。エントリープライスの上限は3000円程度である。このように売る側が付けたい値段と実際の相場は大きく乖離している。
落札価格
A1181の落札価格の下限は3750円である。半端な数字のように思えるが、消費税を加えると4000円になる。つまり、ちょうど切れのよい数字までは出してよいと思っている応札者が多いものと推察される。次に出てくるのは4600円程度で、これも消費税を加えると5000円になる。つまり、エントリープライスは落札価格より少し下である可能性が高い。「相場より高い」となると、応札がないのである。
ところがこれにはACアダプタが含まれない。非純正のACアダプタは2000円程度で手に入るので、送料も含めると7000円程度が「相場」ということになる。この相場はかなり明確に意識されているのではないかと思える。
上限
下限は明確なのだが、上限は明確ではない。見ると10000円を超える入札もある。どうやら2名程度が張り合っているようである。応札者がいなければ5000円でも値段がつかないのに、誰かが「欲しい」と考えると値段が上がる可能性がある。
スペックの差
では、出品者が努力して値段をつり上げることができるのかというと、それは難しそうだ。A1181にも様々な条件(’メモリ、ハードディスクの容量、OSのバージョン)などがあるのだが、それは価格形成とはほとんど関係がない。Mac Miniの中にはPowerPCのもの(今ではほとんどサポートされていない)もあるのだが、これも最低価格帯は4000円程度からである。つまり「ちょっと型落ちしたMac」という漠然としたカテゴリがあるのであって、スペックが高いかどうかはあまり関係がないのだ。
これは非常に重要だ。つまり出品者は好意でメモリを増設したり、バッテリを購入したりしてはいけないのだ。投資をしてよい品質のものを提供しても市場からは無視されてしまうからだ。入札者はそれほどの品質を期待しておらず「動けばいいや」と思っていることになる。こうした市場を「レモン市場」と呼ぶ。レモン市場ではあまり品質のよくない品物が市場を支配することになっている。
ヤフオクは事後で落札者と出品者が評価できる仕組みがあり、レモン化をある程度防止している。また、よく知られた製品を扱っており(オークションに参加している人はある程度の知識を持っている)情報の非対称がそれほど大きいとは思われない。それでも「過度の期待はしないでおこう」という気持ちには変わりがないのではないかと考えられる。
インプリメンテーション
ヤフオクを覗く場合には、予め、最低の落札価格を調べるとよいだろう。最低落札価格をすり抜ける「お得品」を見つけるのは困難だろう。過去の取引はすべて公開されているので、ライバルたちも同じような情報を持っているからである。多分、最低価格より1.5倍程度以上高い場合には、割高になっている可能性がある。どうしても欲しい人かむやみに値段をつり上げようとしているわけだから降りた方が無難だろう。
ある程度型落ちしてしまうと店舗販売は維持するのが難しくなる。オークションで7000円程度で手に入るものを店舗では25000円程度で販売しなければならない。それ以下では採算が取れないのだろう。故に、こうした商品は扱うだけ無駄である。
ヤフオクの価格形成を賃金とした場合には、最低賃金近辺に大きな固まりができるのではないかと考えることができる。つまり、最低賃金をあげるとその近辺で価格が収斂してしまうわけで、労働者全体の利益を考えるとあまり得策とは言えないかもしれない。最低賃金を上げると応札者がいなくなる可能性もゼロではない。人手不足と不十分な賃金が共存する世界だ。最低賃金は、ヤフオクでいうところの最低価格帯のシグナルになってしまう。少なくともヤフオクでは需要と供給で価格帯が決まるのだが、政府が「正解」を作ることになってしまう。労働市場は歪み、雇用者は自らの判断で賃金を決めなくなってしまうのだ。
最低賃金のもう一つの側面はスペック(人材でいうところのスキル)が考慮されない世界である。やとう側は漠然と「使える程度の非熟練の労働者」を求めているわけで、細かなスキルはあまり意味を持たない。マクドナルドしかない世界では博士課程は意味をなさない。
このように考えると、労働市場はレモン化が進んでいるのではないかと推察することができる。この仮説が正しいかはわからないが、もし仮に労働市場がレモン化しているとすると、ブラック企業や質の悪い労働者が生き残り、福利厚生に厚い企業や良質で努力をする労働者は淘汰されてしまうだろうということが予想される。