岸田総理が所信表明を行った。
演説の冒頭は
日本国内閣総理大臣として、私の頭に今あるもの、それは、「変化の流れを絶対に逃さない、つかみ取る」の一点です。
だった。
オバマ大統領のYes We Canを彷彿とさせるものだったが、そもそもこれがまずいのでは?と感じた。そもそも岸田総理が「掴みきれていない」上に何を言っているのかすらよくわからないからだ。「デフレ」の代わりに今回出てきたニューワードは「コストカット型経済」だった。それが何を意味するのかわからない上にどうやったら脱却できるのかも不明である。
ロイターが「日本経済の変化の流れ「つかみ取る」、岸田首相が所信表明演説」というタイトルでまとめている。冒頭の変化の流れを素直に取り、供給力の強化を通じて国民に成果を還元する新しい経済を作りたいという趣旨である。演説の流れを素直に取るとこういうまとめになる。
だが、多くのメディアにはこの「変化」が全く響かなかった。NHKが同じ演説をまとめると「所得税減税」がタイトルになってしまうのだ。TBSも「還元」が重要テーマだと感じたようだ。
FNNはといえば「【速報】岸田首相 所信表明演説 「経済、経済、経済」と連呼して経済対策を強調」と「岸田総理の演説は経済が中心だった」とまとめている。確かに演説を聞いていると「やたら経済経済と言っていたなあ」という感想になる。
おそらく岸田総理の低支持率はこの「変化の押し売り」に原因があるのだろうと感じた。
理由はいくつかある。
今回、岸田総理は「コストカット型経済からの脱却」を訴えた。9月25日の総理プレゼンで出てきた言葉だが「一体何?」と思った人は多かったのではないだろうか。おそらく就任以来岸田総理の頭の中にはバブル崩壊で定着した「縮み志向経済」を反転させたいという気持ちがあるのだろう。
当初は新しい資本主義と言っていた。その後デフレからの完全脱却という言い方をしていたがデフレではなくインフレになってしまったことからこの言い方も使えなくなった。そこで新しく考え出されたのが「コストカット型経済」だ。要するにマインドの転換をやれといっているのだが何をどうしていいのかがさっぱりわからない。
次にそもそも「変化」が混乱を起こしている。マイナンバーカード保険証プロジェクトは事実上破綻した。健康保険証の完全廃止をゴールにしてしまったことで国民の間に動揺が広がり「健康保険証は廃止しません」と事実上の撤退宣言が出た後は誰も興味を持たなくなった。地方自治体や健康保険組合の事務効率は旧態依然としており、頭(霞ヶ関)だけが活発に動いても手足がついてこない状態だ。中高年は「お願いだからもう何もしないでくれ」と考えるだろうし変化を期待する現役世代も「無理に変わろうとして失敗する」と惨めな気持ちだけが残る。そもそもマイナ保険証の全体総括はまだ終わっていない。
最後に「変化」の行く末はどうせ負担増なのだろうという諦めもある。例えば少子化について政府の関与を聞くアンケートは「少子化は深刻なテーマだが、政府がどうにかできるものではない」という結果に終わることが多い。加えて、選挙前に突然減税を言い出したこともネガティブに響いたようだ。徳島・高知の選挙では自民党系が負けているが「減税うんぬんも人をバカにするなと響いたようだ」と総括されている。
関西において維新に押され気味で後がない公明党はまだこの戦略に固執している。「2万円くらいの減税にすべきだ」と具体的な額が出てきた。世耕弘成参院幹事長は「来年の夏頃の実現」を視野に入れているということなのでこのやり方だと1年間限定で2万円以上がぼちぼちと夏までに実現するということになる。
これが毎月2万円ならそれなりにインパクトはあるかもしれないが、合計2万円以上だと一ヶ月1,600円以上程度の定額減税になるだろう。想像していたのと違うと感じる人も多いのではないだろうか。記者たちはこれが月額か年額なのかは聞かなかったようである。
- 定額減税なら2万円超が目安 公明代表、経済対策巡り(共同通信)
- 所得減税「2万円では心細い」 山口公明代表(時事通信)
毎日頑張って擦り切れ気味に働いている人ほど「変われ変われというがこれ以上どう頑張ればいいんだ」と考えるだろう。さらに選挙目当ての減税提案もなんとなく尻すぼみになりつつある。
もちろん「変化」に向けて張り切っている人がいる。それが河野太郎デジタル担当大臣だ。来年には介護報酬改定があるのでデジタルで後押ししなければならないという。介護報酬の大幅アップは期待できない。だからデジタル化で効率化させたいという意味なのだろう。仮に河野大臣が過去のプロジェクト運営に成功しているならばこれは「いい話」なのかもしれない。
- 介護報酬改定でデジタル後押し 河野担当相(時事通信)
だが、河野太郎大臣の歩いた後には混乱だけが残る。アジェンダ設定が強引で現場を疲弊させてしまう圧迫型プロジェクトマネージャーだからだ。介護報酬の引き上げは若干額で終わりました、省力化もやってみましたが現場に混乱を残しただけで疲弊感だけが残りましたとなってしまう可能性は否定できない。
一方、岸田総理は所信表明の中でこのような決意を述べている。岸田総理の頭の中ではマイナンバーカードの早期普及は成功したことになっているようだ。
こうした思いで、「マイナンバーカードの早期普及」、「デジタル田園都市国家構想」を進めてきました。この固い決意の下に、アナログを前提とした行財政の仕組みを全面的に改革する「デジタル行財政改革」を起動します。人口減少の下でも、これまで以上に質の高い公共サービスを提供するために、子育て、教育、介護などの分野でのデジタル技術の活用を、利用者起点で進めます。
よく考えてみると「デジタル化の推進」は人口が減り予算が縮小する中でデジタルをどう活用しようかという話なので実はこれこそがコストカット型思考の典型だ。低成長・人口減を政府が逆転しない限り国民がコストカット型思考から脱却することはできない。国民にはコストカット型経済からの脱却を呼びかけておきながら、一方ではコストカットしますと宣言しているのだが、おそらく岸田総理はこの自家撞着には気がついていないだろう。
政府が良い方向に変化してくれるのは結構なことだ。ただ、これまでの実績を見る限り政府がやる気になればなるほど国民生活を巻き込んだ大混乱が起きる。変革は好きなだけやってもらっても構わないが国民は巻き込まないでほしいというのが一般的な世論なのではないかと思う。
おそらく「縮み思考」の国民は国民負担の縮小を希望している。国民民主党と維新は「税負担の縮小」について連名で申し入れをしている。岸田総理の発展的な呼びかけは事実上スルーされ「医療福祉分野のサービスを維持したまま国民負担を縮小しろ」という世論はますます高まってゆくのではないかと思う。
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