リーマンショック前にまとめたイノベーションの資料を見つけた。ここにまとめたことは、今でも有効だとは思うのだが、現在これを信じる人はあまり多くないのではないかと思う。状況がかなり変わっているからだ。
しかし、イノベーションについて考えることは有益だ。少なくとも、今私たちが抱えている対立から解放されるにはどうしたらよいのかがわかるからだ。
イノベーションはかなり研究された学問分野で、社会学や心理学といったいくつかの領域にまたがって研究されている。取り扱うのは「正解のない問題をどのように解決するか」という領域だ。既に解のある問題はアウトソースするか機械化すればよいのだが、解のない問題はアウトソースができないからである。
例えば、ダニエル・ピンクはTEDのビデオの中で、内的動機付けと外的動機付けの問題について語っている。ダニエル・ピンクによれば、インセンティブ(外的動機付け)はイノベーションを殺してしまうことが多い。インセンティブは視野を狭める効果がある。集中力を高めるのには適しているが、視野が狭まると新しい解決策を生みにくくなるのだそうだ。
このインセンティブ(外的動機付け)は、成功時の報酬と罰を含んでいる。だから、ダニエル・ピンクの説に従えば、日本の労働環境はきわめて劣悪だ。インセンティブすら与えることができないので、罰せられる他人を見せることがインセンティブ代わりになっている。つまり「非正規で使い倒されるのが嫌なら、もっとがんばれ」というわけだ。労働者の側も慣れてしまっていて「非正規に転落しないようにできるだけ何もしない」か「非正規でそこそこ働くから、言われたことしかしない」というように変化しつつある。
つまり、我々が対峙しているのは「既に解決されている問題を、ほかの人たちよりも効率よくうまくやる」か「解決策のない問題を自ら解くか」という二択だ。
もし、前者を選ぶと日本は中国と戦うことになる。著作権すらなく、他人の発明をパクってくる社会だが、勝ちたければそもそも知財などに構っていてはいけないのだ。工賃も中国並みに押さえなければならない。価格が収斂してゆくのは当たり前である。中国ではイノベーションは起らないだろう。何かアイディアがあっても盗まれてしまうからだ。だが、それでも構わない。中国は背景に多くの中進国を抱えている。
だが、それに対抗するはずの自由主義社会も知財の囲い込みに走っている。知財保護はイノベーターたちのインセンティブになりそうなのだが、これもイノベーションを阻害するだろう。たいていの発明は過去の知財の組み合わせだからである。ジェネリック医薬品のように命に関わる問題もあり、諸外国では既に批判の対象になっている。TPPは自由貿易圏の獲得だといいながら、知財の荘園化が起きているのだ。
知財を巡る動きはこのように両極化していて、どちらも正解とは言いがたい。そのような理由もあり、イノベーションの科学は最近人気を失っているように思える。人々のやる気さえ投機の材料にされてしまっているようだ。
日本の政治を見ていると「自由主義」対「社会主義」という100年以上前に作られた枠組みが未だに支配的だ。だが、実際に選択しなければならないのは「これまでのやり方を続ける」か「正解のない問題に取り組む」かという二択なのだ。
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