日本の政治とは不思議なものだと思う。円安基調にあるため、政府には日本を再び稼げる国する議論を期待したい。だが、なぜか国会の主要テーマは所得税減税になっている。減税と聞いて喜ばない人はいないと思うのだが、なぜか産経新聞が議論のあり方に疑問を投げかけ「減税提案は鬼門であり内閣が倒れかねない」と危機感をあらわにしている。こうなると、そもそもなぜこんなことになったのか、そしてこの先この議論がどこに向かうのかがよくわからない。少なくとも、遠藤前総務会長氏、鈴木財務大臣、宮沢税調会長などが牽制発言で抵抗している。所得税減税という形にしてもいいが「仕組み」で抵抗したい考えのようだ。鈴木財務大臣は「仕組み方でいかようにもなるが細かい点は説明できない」と記者に説明している。議論はまだ始まっていないのだが1年間の限定的な定額割戻を落とし所にしたいようだ。
岸田総理は改めて所得税減税を念頭に「税収の国民還付」議論をするように与党に指示を出した。当初は「所得税減税を閣議決定に明記」などという報道が出たが総理大臣と記者との対話により印象が変わり「検討を指示」に修正された経緯がある。年末の与党税制改正大綱への記載を目指す。議論はまだ始まっていないのだがなぜか報道では「一年の定額割戻」が主軸などと書かれている。
岸田首相、所得減税の検討指示 自民税調会長「1年が常識的」―税収還元へ「定額」有力視(時事通信)
産経新聞が当初提案していた通りの流れになりつつあるのだが、当の産経新聞は「これは内閣にとって鬼門である」と警戒する与党幹部の声を伝えている。少し意外に思える。産経新聞は橋本内閣と福田内閣から麻生内閣にかけての2つの事例を紹介している。党内議論が迷走したり総理大臣の発言がぶれると当初膨らんでいた期待が「裏切り」の感覚に変わることが多いということのようである。
実際、平成10年には、当時の橋本龍太郎首相による所得税などの恒久減税に関する発言が一貫せず、参院選の自民大敗と退陣につながった。20年には福田康夫政権が経済対策に所得税などの定額減税を盛り込んだが、その後の麻生太郎政権は給付金に軌道修正するなど方針が定まらず内閣支持率は低迷。21年衆院選で自民は野党に転落した。
「増税メガネに過剰反応」 与党幹部は減税指示に危機感あらわ(産経新聞)
岸田内閣でも既にその兆候がある。最初の官邸のリークをもとにしたと見られる報道とその真意を質す記者に応える総理大臣の姿勢は一貫していない。さらに改めて手順を踏み「所得税減税に意欲を滲ませる」となっている。さまざまな党内事情があるのだろうが、橋本総理と同じ迷走の「症状」が出ているようにも見える。
財政再建派はこの提案に抵抗している。宮沢税調会長が「減税するとしても1年限定」で「税率ではなく定額の減税にしたい」と言っている。宮沢氏がいち早く「税額」の話をしたところを見ると宮沢氏が何を恐れているのかがわかる。税率の議論になれば「そもそも今の累進的なテーブルが適当なのか?」という議論に延焼しかねない。今の制度において低所得者はほとんど税金を払わないが1,000万円程度の所得のある人には重い負担になっている。少数の高額所得者が低賃金労働者を束ねるという労働慣行が出来上がりつつあるためこのバランスが崩せない。日本の所得税制は「みんなで国を支える」という仕組みになっていない。
所得減税の手法に関しては、定額減税や定率減税、納付分還付などの選択肢が浮上するが、宮沢氏は会談後、記者団に「定率減税はなかなか難しい」と述べた。
岸田首相、所得減税の検討指示 自民税調会長「1年が常識的」―税収還元へ「定額」有力視(時事通信)
1ドルが150円を突破した。アメリカで国債の金利が上がったことによる影響を受けており、日本の国債もジリジリと金利が上がっている。これを受けて鈴木財務大臣がコメントを出しているが、この時に「財政再建」についても意識すべきだと減税を牽制する発言をしている。所得税減税の期待が大きいことはわかっているようなので「仕組み方」で影響を最低限に抑えたいのだろう。表向きの方針には反対しないが細かい点で「調整したい」というトーンは宮沢税調会長と共通する。仕組みによって影響はいくらでも抑えられるが手の内は明かせないというわけだ。
現時点では「所得税減税も含め、経済対策に盛り込まれる政策や仕組みはまだ明らかではないなかでメリット・デメリットを答えるのは困難。コメントできない」と断ったうえで、一般論として「所得税減税は、制度の仕組み方によって家計や財政への影響が変わってくる。一概にメリット・デメリットは申し上げられない」とした。
財政規律を守るなかで「やるべきことはやる」=経済対策で鈴木財務相(Reuters)
遠藤利明前総務大臣の「選挙目当て」発言は既にご紹介した。要するに総理のイメージアップと選挙対策のために「お付き合いしている」ということなのだろう。だが議論が進むと「さまざまなパンドラの箱」が開いてしまいかねないという状態になっている。なんとなく見て見ぬ振りをしてきたさまざまな課題が減税提案をきっかけに吹きだすと収拾がつかなくなりかねない。
さらに政府のこれまでの説明との間にも矛盾も生じている。これまで政府は企業に優遇措置をすれば国民生活が潤うというトリクルダウン理論で政策を正当化していた。インフレが始まり国民生活が苦しくなると今度は「企業に減税をお願いする」と説明が変わった。それも難しくなると「投資や副業でなんとか頑張ってください」というメッセージが出る。だが今回はなぜか「所得税減税は実質的に賃金上昇につながる」と説明している。これまでの説明はなんだったのだ?ということになるが「内閣支持率が下がり余裕がなくなっているのだろう」と見るのが自然だ。
宮沢税調会長は「定率ではなく定額で所属税を減額すべきだ」と言っている。これでは定額給付と変わらない。総理大臣は増税メガネという評価を嫌って減税にこだわっているが実はやっていることは給付と変わらないということになる。
さらに「自分は所得税を支払っていないから恩恵が受けられない」という人が出てくる。萩生田政調会長は既に「給付も組み合わせないとダメだろう」と言っている。つまり2本立てになってしまうのだから「給付にまとめた方が効率がいい」ということになる。これも辻褄が合わない。総理大臣のイメージアップが起点になっているので細かいところが整合しなくなってしまうわけだ。
萩生田政調会長は「今年は防衛費増額の議論はできない」と言っている。だが防衛費増額の議論がなくなるわけではない。同時に増税と減税の議論はできないだろうが、結局「減税は1年間の限定だがその後大型増税の議論が待っているんだろうな」という印象を与える。
今回の件を最大限に評価するならば、世論調査で低支持率状態が続いたことで岸田総理はやっと国民に対して聞く力を発揮したといえる。「他に適当な人がいない」としてきた世論調査にもそれなりに役割があったということだ。さらにネットの「増税メガネ」という評価はすっかり永田町でも浸透しているようだ。SNSの持つ力もなかなか侮れないとわかる。
だが議論の中身を見ていると「他にやることがあるのではないか」とか「もっとスマートにお金を還元する方法があったのでは」とか「一旦払うことを決めたのならケチケチせず潔く手放せばいいのに」という気がする。