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全てはテロリスト「ハマス」掃討のために イスラエルで挙国一致内閣が成立

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ハマスがイスラエルを奇襲してから1週間近くが経とうとしている。

テロリスト「ハマス」は祝祭日のイスラエルの音楽祭を奇襲し多くの民間人を虐殺し人質を連れ去ったといわれている。しばらく政治危機にあったイスラエルは予備役30万人が動員され、挙国一致内閣も作られた。ハマス掃討に向けた陸上戦の準備は着々と進んでいる。

しかし、陸上戦による掃討作戦はまだ開始されていない。国際的な「集団的懲罰」への抵抗があるうえに、危機が去るとイスラエルの政治も再び流動化する。もともと奇妙なバランスの上に成り立っていた中東だが、足元で何か別の奇妙なバランスが作られ始めている。

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ネタニヤフ首相にはいくつもの収賄疑惑をかけられており一旦は下野を余儀なくされた。最後に手を組んだのが極右と呼ばれる人たちだった。収賄容疑をもみ消したいネタニヤフ氏と国内で超正統派の力を強め西岸の統治も行いたい極右の思惑が一致した。彼らの共通の障害になっている司法の力を弱めるために「司法改革」と呼ばれる改革を断行する。このため国内を二分する混乱が続いていた。混乱はユダヤ系の多いアメリカ合衆国などにも波及していた。

一方、中東の国々では関係修復が進んでいた。中国が主導するサウジアラビア・イランの関係修復と、アメリカが主導するサウジアラビア・イスラエルの関係修復が軸になっている。中国はアメリカを出し抜いてイランを引き入れた和平の枠組みを作りたい。一方でアメリカは中国とイランを排除したい。そんな対立である。

この対立構造を劇的に変えたのが追い込まれたハマスだった。

ガザを支配するハマスは統治能力がなくガザ市民からの反発も高まっていた。後がなくなったハマスが出した答えがイスラエルの奇襲攻撃だったと考えられている。

イスラエルが極右に支配されるなか、国際世論のパレスチナに対する同情は高まっていた。だが今回のハマスの奇襲により国際社会のパレスチナに対する見方は厳しさを増している。さらにイスラエルで挙国一致内閣ができたことで「ガザ急襲」寸前という状況が作られている。

バランスは大きく変わったかにみえる。特にここ数日のイスラエル政局は大きく動いた。与野党の一部が協力する「戦時内閣・挙国一致内閣」が作られた。ここに野党のガンツ氏とガラント氏が加わっている。普通の内閣とは別にガザ問題に対処するために作られた枠組みである。

与党リクード所属のガラント国防大臣はいったん司法改革を巡りネタニヤフ首相から離反していた。ネタニヤフ首相は極右勢力に西岸の治安維持と統治を任せており、ガラント国防大臣はこれに反発したものと思われる。

極右の側も

抵抗を呼びかけ(国防軍を)交渉の道具に使う無政府主義者のゆすりと脅しに屈した」人物であり、「右派の有権者の投票で選ばれながら、実際には左派の政策課題を推進している

などとして対立していたという経緯がある。予備役は極右やネタニヤフ氏よりガラント氏に親和的だったが、今回の有事で30万人が招集に応じた。ガラント氏は「もうガザは元に戻らない」と宣言。ハマスの掃討を誓っている。

新しく作られる戦時内閣はガンツ氏も加わる。BBCやロイターなどは「ネタニヤフ・ガンツ政権」のような書き方をしている。ガンツ氏は2019年にネタニヤフ氏と与野党が組み挙国政権を作り輪番で首相を務める可能性があったが結果的にこの構想は実現せず、ロイターは「迷走」と書いていた。

無論、全ての勢力が結集したわけではない。ラピド前首相は「ネタニヤフ政権には極右政党が加わっている」ことを理由にして強力に難色を示しているという。

イスラエルは予備役を含む軍隊を壁の前に集結させている。掃討作戦は秒読みといったところだ。しかしながらこの作戦はすんでのところで実行されていない。障壁はいくつかある。

まず、イスラエルの同盟国の市民がガザ地区に留まっている。地下には人質もいると言われている。さらに、国際社会からの「集団的懲罰」批判がある。逃げ場のない民間人を巻き込んだ攻撃は戦争犯罪とみなされる可能性が極めて高い。

すでにイスラエルとエジプトに対してガザ市民の退避について働きかけている。アメリカがガザ市民に配慮したという形を作れれば国際社会の批判を払拭できるかもしれない。気になるのはエジプトの対応だ。

ガザへの空爆の結果すでに220万人のうち33万人が家を失っているとされている。エジプトが境界を解放した瞬間におそらくはテロリストを含む人たちが大勢エジプトに流れ込むことになるだろう。このためエジプトはなかなか交渉に応じてくれない。そこで、アメリカはまずアメリカ市民の退避を求めている。その上でパレスチナ人の流出を1日2200人に制限するという再提案をおこなっている。だが、この提案だと多くのパレスチナ人は閉じ込められたまま外に出られないことになり国際社会からの批判は避けられそうにない。

イスラエルはこれまでわざとハマスを温存していた可能性が高い。軍事的には強くないがイスラエルとの交渉を拒否している。パレスチナ交渉を前に進めないためには便利な存在だったからだ。

国際社会はパレスチナとイスラエルが共存する二国体制を求めてきた。イスラエルがこれに応じなかったのはパレスチナ統治が実質的に西岸とガザ地区の2つに分かれていたからだ。ハマスはイスラエルとは交渉しないという立場だったため、ある意味ハマスはイスラエルにとって便利な存在だったのだ。「ハマスがいるからまともな交渉はできない」とした上でアイアンドーム防空システムを精緻化させてイスラエル国内を防衛していればよかった。仮に今回ハマスの掃討が成功してしまうとイスラエルはパレスチナ(西岸を統治する人たち)と交渉せざるを得ない状況に陥る。ネタニヤフ首相と極右のパートナーの間には意見の相違が生まれるだろう。ハマスを掃討した後のガザ地区をどうするのかという問題も出てくる。軍事占領すればおそらく国際社会からの批判は避けられないだろう。すでに兵糧攻めに対する批判は強い。

バイデン政権はイスラエル支持を明確にしているが、アメリカには「司法改革を強行するネタニヤフはもうたくさんだ」という声があるようだ。若者の間にも反イスラエル感情がありハーバード大学では学生と学校の支持が割れた。リベラルな若者の中には「イスラエルこそ問題なのではないか?」という気持ちを持っている人たちがいる。

ハマスの掃討が完了してしまうと今後はネタニヤフ政権が倒れかねない。また、イスラエル支持を明確に打ち出していることからアメリカ民主党も「イスラエル支持だ」と思われがちだが実はそうではない。民主党のリベラルな支援者の中にはパレスチナ支持が多いのだ。

このような状態で果たしてネタニヤフ政権がガザ問題を力で解決しきってしまうのかは未知数である。その意味ではネタニヤフ首相の現在の立場はプーチン大統領に極めて近い。

ウクライナ問題が続いている間、モスクワにプーチン大統領を脅かす政敵は現れない。大統領選挙を延期すべきだという声も出ている。仮に大統領選挙をやったとしても国家が危機にあるのだから大統領を変えるべきではないという声が高まるだろう。イスラエルもハマス掃討をやっている間は与野党が割れないという不思議な状態だ。野党勢力も司法改革が前に進まないことになり、独特のバランスが生まれようとしている。

パレスチナは非常に不思議な土地だ。常に不安定なバランスの上で揺れならがかろうじて倒れないでいる。だがその不安定なバランスは結局のところ永遠の闘争である。

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