地政学が経済に与える影響の大きさを感じた数日間だった。このところ「割安感が薄れた」として下がっていた日経平均が再び好調だ。国内の投資家は胸を撫で下ろしているのではないだろうか。
ハマスがイスラエルを急襲した結果リスク回避の動きが広がった。しかしながら戦火はこれ以上拡大しないと考えられており「経済としては好調な状態が続くであろう」というコンセンサスができつつある。米国債の価格も落ち着きを取り戻している。このため比較的安定している日本の株式にも良い影響が出ているものと思われる。
しかしながら当然気掛かりな点もある。ロイターの田巻一彦氏が「ブラックスワン」について言及している。ブラックスワンとは「滅多にみられないが一度起こると大きな変化を引き起こす」レアなイベントのことだ。
10日から11日にかけて日経平均価格は上昇した。
- 日経平均続伸、終値189円高の3万1936円(日経新聞)
二日続けて「爆上げ」とはいかなかったものの日本の株式投資家たちはほっと胸を撫で下ろしたのではないだろうか。ニューヨークでも株価は続伸を続けておりいい流れは12日にも引き継がれるのかもしれない。昨日はイギリスの中央銀行が「テック株は割高なのでは?」と発言し反落していたアップルの株も価格を戻している。やはり安全な企業を買いたいという人が多いようだ。
11日に相場が開いた時点でロイターが注目していた主力株は次の通りだ。これまで好調だった企業の株の人気が戻りつつあり「リスク回避」のために安全・安心な株が投資家に選ばれているのいう見立てのようである。
主力株はトヨタ自動車(7203.T)が1.4%高でしっかりのほか、ソニーグループ(6758.T)は小幅高。指数寄与度の大きいファーストリテイリング(9983.T)は小幅高、ソフトバンクグループ(9984.T)は1%超高となっている。
- 日経平均は続伸で寄り付く、米株高の流れ引き継ぐ(Reuters)
アメリカの債権価格も落ち着きを取り戻しておりこれも株価上昇には良い影響を与えているのだろう。国債の比較優位性が薄れて株に資金が戻ってくるからである。
そんな中、ロイターは「コラム:中東の戦火拡大なら「ブラックスワン」、金融政策の軌道修正も」という記事を出している。田巻一彦さんのコラムである。
現在の東京の株高の流れは「全体としてリスク回避の動きはあるものの日本や世界の経済に影響を与えるほどの大事にはならないだろう」という前提のもとに組み立てられている。つまりこのシナリオが崩れると好調な株価の前提が崩れることになるだろう。「ブラックスワン」とは滅多に起こらないイベントのことである。
田巻氏が懸念する可能性が低いものの「起こると厄介なイベント」とはイランの介入だ。
特にホルムズ海峡の封鎖などの大型のイベントが起これば原油の価格が跳ね上がることになり日本に直接のダメージを与えるだろう。イランが直接介入するであろうという確実な流れがあるわけではない。だた「いない」と証明されたわけでもない。だからこそブラックスワン(黒い白鳥)なのである。日本はかつて中東危機を経験しているためどうしても最悪のシナリオを想起せざるを得ない。
これまでの中東危機との違いはイスラエルとアラブ各国の関係がそれほど悪くないという点である。一方でイランの孤立化は進んでいる。このため今回のメインのプレイヤーはイランということになる。
今回のガザ地区の治安悪化にイランが介入する可能性はどれくらいあるのだろうか。結論から言えばアメリカ次第と言えるのかもしれない。アメリカはジェラルド・R・フォードという巨大原子力空母を核とした打撃群をイスラエル沖に急行させた。イランの関与を恐れているものと言われている。イランは関与と介入を否定しておりアメリカもそれは認めている。
だが、ヨーロッパとアメリカには認識に違いがある。エネルギー不足が域内の政治情勢を悪化させる懸念が高いヨーロッパはまずウクライナ問題を解決したい。このためイスラエルの情勢が悪化することを望んでいない。だから「イランの関与介入はない」と言っている。
アメリカも「直接的な証拠はない」としているが「広い意味では加担している」と指摘。その上で直接関与した証拠を探そうとしている。アメリカ合衆国は中東と離れている上に原油高が起きても国内で原油が生産できる。だから、経済へのダメージが少ない。さらに中国が仲介するサウジアラビアとイランの関係修復も妨害できる。アメリカはイランを排除した上でガザ問題を片付けて中東とイスラエル和平を実現させたい。さらに紛争が長引けば議長が決められない下院共和党にもプレッシャーがかかるだろう。国境対策で支持率が低迷しているバイデン大統領にはそれなりに関与を深める動機がある。
この件をふまえると、中東情勢においてイランを刺激することが日本の国益にどう影響を与えるのかが見えてくる。現在、アメリカ経済が一人勝ちと言われているのはエネルギー価格でアメリカ経済が優位に立っているからである。日本にも原油高の影響が出ているが投資家目線でいえば「ヨーロッパよりは安定している」ということになっている。この状況は崩したくない。
アメリカがイランを刺激し地域情勢がエスカレートした場合に日本は2つの被害を受ける。まずは原油価格が高騰し経済に大きなダメージが加わる。さらにアメリカがイスラエル・イランにかかりきりになると台湾への関与が難しくなるだろう。安全保障上も脅威が大きい。
繰り返しになるが今のところイランの介入によるエスカレーションの直接の証拠はないので単なる「ブラックスワン」なのだが、日本の国益を考えると状況がエスカレーションしないような外交努力が求められるという結論になりそうだ。岸田政権がどのように国債情勢に関与するのかに注目が集まる。