衰退シリーズ第二弾はスペインだ。ノーマン・デイヴィスはスペインの没落について短くしか記述していない。スペインは軍事的に成功しアメリカ大陸から富を収奪した。だが、域内に金銀が流入すると国内の物価が上がり始めた。つまり、通貨供給の過剰供給よる物価高と同じような状況が起きたのだ。
軍事費も膨らんだ。資金調達が容易になったために隣国との戦争が頻発する。この結果、スペインはついに破産した。農業の失敗もあった。痛めつけられた農家は作付けに失敗し、人口が減少しはじめたのだという。統治の失敗は明らかだった。
皮肉な事にスペインに取って代わったのは、スペインの植民地にすぎないオランダだった。オランダはスペインと東ヨーロッパの結節点になり、通商上重要な地位を占めた。国が豊かになると、次に起こったのは精神的な独立だ。オランダ(現在のベルギーを含む)の人たちはカトリック教会からの独立を志向し、プロテスタントに転向した。結果、ローマ教会と対立し、オランダ人全体が死刑判決を受けるまでになった。
この時期の地中海世界については、経済学者の水野和夫がブローデルの『地中海』を引き合いに出した、地中海世界における資本主義の終わりについての分析が有名になりつつある。地中海世界では資本主義が成長を続けていたのだが、ついには投資をしつくしてしまい、資本主義が終焉したのだと分析されている。
なんとなくこの説に飛びついてしまいたくなるのだが、ノーマン・デイヴィスはそのような分析はしていないし、地中海世界から北ヨーロッパへの覇権の移行についても解説していない。
水野論は資本主義への懐疑が出発点になっているようで、富が流入したからインフレが起こったわけではなく、資本家が価格をつり上げたことになっている。
いずれにせよ、地中海世界が没落したのは、これまでのように通商のハブではなくなったことが原因のようだ。代わって通商のハブになったのはオランダやイギリスなどの国家だった。
こうした一連の流れはカトリック教会からの独立が影響しているようである。カトリック教会が腐敗したことで、ルネサンス運動が起こり、金融資本主義が勃興する。金融資本主義はスペインの軍事費を支えることになった。と同時にプロテスタント運動が起きて、聖書を自国語に翻訳する動きが起きた。オランダは自治意識に目覚め、スペインから独立を目指すことになった。イギリスもカトリック教会から距離を置き、国教会を設立した。
プロテスタントがカトリックから精神的に独立する過程でヨーロッパという新しい概念が生まれた。しかし、それは平和裏には進行しなかった。対立は三十年戦争という世界大戦に発展した。この戦争が終結して生まれたのがウエストファリア体制だ。ウエストファリア体制はその後受け継がれ、現在の主権国家体制の基礎になっている。まだ、民族国家という概念はなかった。
いずれにせよ、資本主義が終ったわけではなかった。単に地中海から北海へと移っただけだったのだ。背景にはカトリック教会からの独立があるように思える。ヨーロッパはカトリックを受容することでローマの支配から独立したのだが、今度はカトリックから独立することで、活躍の場をヨーロッパ域外に広げることになったのである。