岸田総理はこのところ解散総選挙に関する憶測を抑制しようと経済対策の策定に力を入れている。その一方で森山総務会長の発言をきっかけにして「減税解散」の話が炎のように燃え広がっている。
減税は喜ばしいのではないかと思う一方で有権者の反応はどこか複雑だ。減税をエサにした総選挙の後に増税があるのではないかと疑う人たちもいる。
このエントリーでは発言の経緯、発言の内容について整理したい。そして、なぜこれが選挙目当てと反発されるのか。理由を分析したい。
総裁選まであと一年に迫った岸田総理は再選に向けて党内基盤を固めたい。そのためには総選挙に圧勝した総理大臣だという評価が必要だ。内閣改造は派閥均衡と支持基盤固めを意識した内向きの分かりにくいものになり、結果的に支持率上昇に失敗する。
岸田総理には既に「財務省いいなりの増税メガネだ」という反発がある。党内にいる財政再建派に配慮した点が反発された。経済政策の「柱」を提示したが、分かりやすい個人向け減税が入っていなかったことが失望されこれも支持率上昇に寄与しなかった。ワイドショーレベルで話題になったのは主婦パートに関係する106万円の壁の議論だけだった。これ以外は「国民生活にはさほど関係がない」と思われてしまったようだ。
そんな中で、森山裕総務会長の北海道北見市での小さな発言が波紋を広げる。「減税をやるならば選挙で審判を受ける必要がある」という。森山氏の発言の真意はわかっていない。森山氏がネットに鬱積する「増税メガネ」批判を意識していたのかすらわからない。いずれにせよこの発言はメディアでは「選挙を意識した減税提案だろう」と受け取られた。Xを見ると「選挙はやらないから減税もなしだ」と真逆に受け取った人たちもいたようだ。
次第にネットでは「単に選挙目当ての提案だ」と反発されることになった。増税は自分達で勝手に決めてしまうのに減税を「エサ」に選挙だけをやって国民を騙そうとしているのかというわけである。
この発言をきっかけに記者たちは茂木幹事長と世耕弘成参議院幹事長に話を聞いた。
どちらも「所得税も法人税も減税の対象になり得る」と可能性の問題としている。選挙との関係において世耕弘成参議院幹事長は「解散総選挙とは切り離して考えるべきだ」と主張し、茂木幹事長は総理の先見事項であるとして解散総選挙には踏み込まなかった。
実は世耕弘成参議院幹事長の発言を注意してみると「減税すべきだ」とは言っていない。単に税の定義を述べているだけである。
自民党の世耕弘成参院幹事長は3日の記者会見で、税収増分を国民に還元する手段について、「税収の基本は法人税と所得税で、その減税は当然検討対象になってくる」と述べた。
むしろ「税収の基本」から消費税減税を除外しているだけとも解釈できる。つまり「消費税減税は絶対にやらない」との宣言にも受け取れる。いずれにせよ税制は自民党の「インナー」と呼ばれる一部の人たちが決めてしまうので「部外者」にはこれ以上のことが言えない。
それぞれ発言の意図は不明だ。だが、これまでの話の流れから「選挙を意識して減税を言い出しているのだろう」が「その中身はあやふや」なのだから「おそらく政府は国民を騙そうとしているのだろう」と推論されかねない雰囲気が作られている。
本来有権者にとって喜ばしいはずの減税がなぜこれほど反発されるのか。理由はいくつかある。
第一に岸田総理の経済政策が内向きかつ慎重で分かりにくい点が警戒されている。だがこの要素は政調会長時代からさほど変わっていない。
むしろ、これまでの政府・自民党の対応と今の提案の間にある隔たりが警戒心を呼んでいると見るべきかもしれない。
これまで政権はあらゆる「減税」を頑なに拒んできた。その象徴がガソリン諸税だ。二重取りの批判がある上にトリガー条項のように今すぐ実現できそうな制度もある。だが政府は一度税金をとっておいてそれを自分達で分配するというやり方に固執しているように見える。自民党内部からは「ガソリンが下がったのは政府のお陰であると分かりやすく示さなければらない」との意見さえ聞かれる。自民党には税金を使うからには票に直結しなければならないというあからさまな期待があり、国民はそれを冷静に見ている。
このような背景を踏まえると茂木幹事長の発言はいかにも唐突だ。いきなり「ここ数年、年5兆円前後の税収増がある」と強調」し、それを還元してもいいと言い出した。だったらなぜもっと早く言い出さなかったのだろう?
東京新聞のリードは次のようになっている。
自民党の茂木敏充幹事長は3日の記者会見で、月末をめどに取りまとめる経済対策に関し「税収増分をダイレクト(直接的)に減税措置などによって、国民に還元することもあり得る」と述べた。「増えた税収を最大限に活用し、国民に適切に還元していくのは当然のことだ」とも強調した。
税収増「国民に直接還元」 茂木氏、経済対策を巡り(東京新聞)
茂木氏はポスト岸田を狙っていると言われている。つまり茂木幹事長の発言は「自民党と政権」を代表しているのではないのかもしれない。つまり茂木幹事長が売り込みたいのは自民党ではなく次の総理総裁候補としての「自分」だ。
だが、一般の有権者はそのような党内事情は意識しない。変説の理由を探し「選挙を前にして自民党が有権者を騙そうとしている」と考えてしまうのだろう。
岸田総理の目標は国民生活の向上ではなく次の総裁選挙で再選されることである。このため経済政策は党内・政府内のさまざまな声を総合した極めて分かりにくいものになる傾向がある。政府内には財政再建派も多くいて「今は選挙よりも財政再建を優先すべきだ」と考えているようだ。時事通信は次のように拾っている。
「『早期解散派』と『解散阻止派』が駆け引きしている」。自民幹部の一人は、党内の現状をこう解説する。
選挙を意識する人たちは無党派層に広がる「増税に対する敵意」を反転させ選挙に勝ちたい。茂木幹事長のように総理と一味違っているところを見せて国民の支持を得たいと考える人もいる。
一方で青山繁晴議員のように「これが偽りの減税であってはならない」と牽制する人や、政権から外されたままの石破茂氏のように「財源の話をせずに解散総選挙をやるのは邪道だ」などと言い出す人たちも多い。
さらに「今は選挙よりも財政再建だ」と考える人たちもいる。当然、彼らは減税には消極的だ。
こうした声が整理されないままでネット乗って波状的に拡散すればするほど有権者は混乱し「突然減税を言い出した裏にはなにかとほうもない陰謀があるのでは?」と疑ってしまうのではないかと思う。
今回の混乱の起点は、岸田総理が「解散総選挙オプションを温存することで党内基盤を固めメディアの注目も集めることができる」と学んでしまったことだろう。岸田総理は、解散の可能性を曖昧にしておくことで自分のポジションを有利にできると考えたのかもしれないが、結果的に党内にあるさまざまな情報発信を抑えきれなくなり埋没してしまっている。
岸田総理の曖昧戦略はおそらく逆効果だったのだ。