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Appleのサポートが意外と良かった件

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Apple IDについてわからないことがあったのでアップルのサポートに電話した。問題は解決したりしなかったりなのだったのだが、驚いたことがある。対応が良かったのだ。
なぜ対応が良いのかはすぐにわかった。この人たちは多分アップルの直雇用なのだ。意外に思う人もいるかもしれないが、たいていのサポートセンターのオペレータは直雇用ではない。コールセンター専業の会社がいくつかあり、そこに雇われている。社員もいるがスーパーバイザークラスだけで、あとはバイトやパートだ。会社の中にはバイトやパートという言い方を嫌って「限定社員」などと呼んでいるところもある。
もちろん意欲に燃えた人たちもいると思うのだが、権限がなく何もさせてもらえない。たいていはマニュアルどおりの対応しかできないのだ。だから「そんな対応、ロボットでもできるじゃないか」などと怒るのは時間の無駄だ。「権限がある人と話たい」というのがいいのだが、それでも会社の人は出てこない。この人も下請けの会社の管理職でたいていは平社員だ。
担当社員(各サポートセンターに1人しかいない)は社員層と非社員層のインターフェイスになっていて軋轢が多い上に、会社に帰ると平社員なので、時々問題が起こる。非正規雇用の人に対して威張り散らしたり(このあたりは一般の兵隊をいじめる下士官に似ている)非正規の人たちの人件費をごまかしたりする事件が起こる。
しばらく話をしているとアップルの人たちは頻繁に「私の権限でお答えできます」と言っていた。想像してみるとわかるのだが、権限を持たせると責任感が生まれ、やる気も出る。こうした状態を「エンパワーメントされた状態」と呼ぶ。わからないことがあれば自分で調べることもできるので、スキルが上がるだろう。統括している人はかなり長くアップルに勤めているらしかった。なお、スーパーバイザー以下の人が正規雇用かどうかはわからない。正規・非正規が問題なのではなく、権限が付与できる直雇用かが問題なのだ。
さて、このことがアップルにどういう効果をもたらすかという点になると、少し議論の分かれるところだろう。もともとアップルは業績が良いからこうした贅沢なサポートセンターを維持できるのだとも考えられる。ハードウェアのサポート延長は有償だがお金のあるアップルユーザーは利用できるのだろう。高齢者はあまり使わないので一人ひとりにかけられる時間も長く取れるはずだ。
社員をインターフェイスに置いておくと製品にフィードバックできる。これがアップルの品質を支えているのかもしれない。アップルはソフトもハードも自社製なので自社の品質はすべてコントロールできる。
その一方で、頻繁にサービス変更が起こるので、現場に知らされていないことも多い模様だ。話の内容から推察すると、現場で情報を蓄積しているようだ。エンパワーメントがあり「顧客満足度に責任を持っている」からできることではないかと思う。
一方、直雇用でない会社ではサポートセンターは単なるコストセンターとして扱われる。一件返すのにどれだけ時間がかかったかだけが成績になるのだろう。そもそも直雇用でないうえに非正規雇用なのだから、その製品が売れようがどうしようがコールセンターには関係がないし、サポートセンターの担当社員もコールセンターの費用だけを問題にする。すると席数を減らすことだけしか考えられなくなり、スクリプトを変更して時間を短くすることだけを考えるようになる。
だから不具合があったとしても会社には伝わらない。ネットで炎上して初めて「ああ、問題があったんだ」と考える開発担当者も多いだろう。そうこうしているうちに現場のことがわからなくなり、競争力を失ってしまう。
もっともコールセンターに力を入れた挙句失敗した会社もある。東芝のパソコンは手厚いサポートで知られている。パソコンが苦手な高齢者を意識した対策だったのだろう。もともと東芝は海外で質のよいパソコンの代名詞して知られていた会社だ。しかし、Windows PCの性能のほとんどはWindowsに依存するので東芝としては差別化ができない。その上、家電事業とは全く関係がないところで問題が起こり(端的にいうと経営者の問題だ)その泥をかぶる形で、コンシューマ向けのパソコン部門を大幅に縮小せざるを得なかった。
コールセンターを提供している会社にとっては、製品開発やマーケティングの知見を「付加価値化」して売り込むのは悲願だが、たいていの場合それはたんなる夢物語で終わってしまう。そもそも担当者が興味を持っていない上に、階層が離れすぎていて意思疎通ができないからである。
アップルはアメリカの会社だからエンパワーメントできるのだろうと考える人もいるかもしれない。しかし、アメリカの会社がすべて従業員にエンパワーメントしているというわけでもない。アメリカの銀行に電話をかけると、階層の低そうな人たち(電話なのだが、アクセントで階層がわかってしまう)が出てくることがある。知識があやふやでやる気もないということが時々ある。
その意味ではアップルは幸運な例外といえるのかもしれない。業績がうまく行っているからコールセンターを充実させることができ、その知見を活かせるので競争力のあるサービスが提供できるのだろう。
このことは正規・非正規の待遇格差について考えるよいきっかけになる。処遇ばかりが問題になっているが、ことの本質は誰にも実質的なコントロール権がないことにあると考えられる。下請けの非正規雇用は自分の仕事がコントロールできず、顧客から罵倒され続ける。下請けの正規雇用もこうしたやる気の起こらない非正規雇用の「管理」に追われる。コールセンター担当社員にもたいした裁量はなく「コストを減らす」自由しか与えられていない。製品開発者は足元で何が起こっているかわからず、誰が喜んでいるのかわからない製品を作り続け、業績が悪くなるとリストラされてしまう。そして経営者たちも自社が提供している製品が喜ばれているかという基本的なことすらわからなくなってしまうのだ。