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岸田総理の「106万円の壁対策」がわかりにくいのは政府が2年後に配偶者控除を剥奪しようとしているから

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今回は106万円の壁の議論について「なぜこの議論がわかりにくいのか」を考える。答えを先に言ってしまうと、配偶者控除をサラリーマンから取り上げようとしている。つまり政府はある種の嘘をついている。「嘘」といっても事実と異なることを言っているのではない。単に都合の悪いことを言わないだけだ。

だからマスメディアの報道を見ると実は2年後のこともきちんと(小さな字で)語られている。わかりにくく伝えるという意味ではメディアは政府と「ぐる」になっている。後で「契約書に(小さく)書いてありましたよね」と言うような手口だ。

この仕組みがわかると「マスコミの解説がわかりにくい」というモヤモヤは晴れる。視聴者の勉強が足りないわけではない。

ただこの政府の作戦はおそらく失敗するだろう。国民が政府の政策に不信感を持つと抜本的な改革を嫌がるようになる。「どうせまた騙されるかもしれない」と学んでしまうからである。

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政府が嘘をついているなどというと批判されそうだ。確かにそれを政治的に証明するのも難しい。それにしても……と思うのだ。だがやはり数年でバレてしまう嘘をつく弊害は大きいように思える。

配偶者控除に関しては既にさまざまな議論が出ている。家族構成によって額は異なるそうだが子供が1人いる家庭では50万円の「損失」になるという試算がある。

これを踏まえて106万円の壁問題に戻る。

テレビが盛んに106万円の壁問題について解説している。そのほかの経済対策が庶民には直接関係がないからだろう。「わかりやすく説明します」と言っているが、その内容は極めてわかりにくい。

一定以上の規模の企業にいるパートの給料が106万円を超えると社会保障費の負担が必要になる。すると手取りが下がってしまうので働き控えが起きる。本当はもっと働きたいが社会保障費は負担をしたくないと考える人が多いのだ。野村総研の調査によると働き控えをやっている人は実に6割にも及ぶという。また壁がなくなれば働きたいという人は8割近くになる。この調査はいろいろなメディアで広く引用されている。

問題は算数で解決できる。賃金がじわじわと上がっているのだからじわじわと106万円の壁を動かせばいい。だが、この誰でも思いつきそうな解決策がテレビで提案されることは決してない。テレビも議論の背景事情がだいたいわかっている。

政府が提案する解決策は2つだ。1つは企業助成である。厚生年金が適用されている企業で働く人については106万円を超えると手取りが減る。だが、厚生年金に加入した上で賃金を125万円以上にすると手取りは同じになりそれ以降は増えることになる。125万円以上の給料を出せばいいのだから従業員1人あたり最大50万円の支給を企業に対して行うことにした。

そもそも政府は企業に対してパートを正社員にしたり給料をあげてくれとお願いするつもりがないことがわかる。

ただ、このやり方だと企業や働き手も「いつまでこのプログラムが続くのだろうか?」と考えるだろう。

プログラムが終了するとこれらの「負担」は全て企業と労働者が負うことになる。つまりプログラムが終わると手取りがガクンと減ることになるのだが、政府はわかっていてこれをやろうとしている。とりあえず「こっち側(社会保障の負担)」に片足引きずり込めばそのうち慣れるだろうと考えているようだ。

一方で厚生年金が適用されていない企業で扶養から外れる要件は130万円だ。2年までは扶養にとどまれるようにするという。だがこれも2年後にはどうなるかわからない。2年後に同じ問題が指摘されることになるだろう。

政府は「緊急対策」を口実にしてできるだけ多くの従業員を「こっち側」に引き込もうとしている。

実はテレビはこの政府の狙いが分かっていて知らないふりをしている。だがよくテレビを見ると実は小さく触れられている。

例えば日テレはこんな感じの報道になっている。何をどう注意すればいいかはさっぱりわからないが、とにかく「注意しろ」という。「勘違いするなよ」というフレーズを礼儀正しく言っただけなのかもしれない。

というのも、2025年度に年金制度改正が行われる予定で、いま厚労省の年金部会で議論が進んでいます。そこで「年収の壁」そのものが、大きく変わる可能性があります。それを見越しての2年の措置ということです。従って「2年たくさん稼いで次の1年は抑える、その次の2年はたくさん稼いでまた抑える」というようなことではないことに、ご注意ください。

テレビの106万円の壁問題についての解説を聞いていると、どの局も内容は似たり寄ったりだ。だがテレビはSNSで騒ぎになると途端に態度を変え「自分達は最初から庶民の味方だった」と言い出す。これが今のテレビの厄介なところである。

そもそも年金改革は少子高齢化によって行き詰まる年金を持続可能にするための改革だ。かといって今の政権を支える高齢者にインパクトのある改革は打ち出せない。つまり将来世代の年金受給が先細ることは間違いがない。丁寧に説明すればするほど「ああこれはいよいよ配偶者控除という特権は維持できなくなったんだな」ということがわかりやすく露呈することになる。

こうした背景を考えると「今回の提案に企業が乗るだろうか」という疑問が湧く。企業が「50万円助成がでるから社会保障の枠組みに入ってください」と従業員にお願いしたとしよう。従業員は「それはいつまで続くのですか?」と聞くことになる。企業はそれに明確に回答できない。2年後には全てが「チャラ」になり、みんなから配偶者控除という特権がなくなってしまう可能性が高いんですよと説明しなければならない。じゃあいいですと考える人は多いだだろう。

さらに、2年後にまた「政府の年金制度改悪でサラリーマン家庭に年間50万円の負担増」という新聞の見出しが躍ることになる。「岸田はサラリーマンいじめをしている」という2022年の年末に沸き起こった「あれ」がまた起こる。

政府が混乱を防ぐのは簡単だ。「もう今の年金制度は持ちませんごめんなさい」というしかない。しかし、プライドの高い岸田総理と厚生労働省はこれができない。

いずれにせよ、ここで麻生副総裁の発言の意味がわかってくる。麻生さんは岸田さんに「あんたは見た目だけはいいんだから、有権者くらいサラッと騙して見せろ」と言っているのである。

自民党の麻生副総裁は、福岡市で講演し、防衛費増額や反撃能力の保有を決めた岸田総理大臣について、「誠実そうに、リベラルそうに見える顔が世のなかに受けている」と述べ、評価しました。

この問題で最も深刻なのは「働き控え」だろう。主婦パートは日本に残っている終身雇用制度の元で夫に遠慮しながら働き、正社員を脅かさないように遠慮しながらパートとして働き、さらに制度に遠慮しながら時間制限をしている。これが政府の言う誰もが輝ける社会の実情だ。そして、その場しのぎの話を繰り返して死にかけている制度をなんとか延命させようとしている。

だが、パートもこの辺りの事情はうっすらとわかっている。とにかく数年先のことはよくわからないとなればおそらくこれまで通り遠慮して働き控えをするのが良いという結論を下す人が多いのではないかと思う。夫もおいそれとは妻に許可が出せない。「子育てで忙しくなって十分な時間働けなくなって労働時間が減ったら社会保険は抜けられるんですか?」と考えたとしても妻からははっきりした返事はもらえないはずだ。

結果インフレが進み賃金は上がらず生活は苦しくなるのだから「支出を見直して冬に備えよう」とする人が増えるだけに終わるのではないか。

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