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EVシフトに苦しむビッグスリーの「恐竜化」と政治問題化するストライキ 

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アメリカの自動車企業のうち「ビッグスリー」労働組合の共同体であるUAWがストライキをおこなっている。バイデン政権に打撃などと書くところもあるのだがなぜこれらの会社がストライキを行いバイデン大統領にとって逆風なのかということがわからなかった。だがここにあるキーワードを入れることで状況がはっきりする。それがEV(電気自動車)シフトである。

当初このニュースを聞いた時てっきりインフレに追いつけずに焦った労働者がストをおこなっているのだろうと思っていた。こうした調査に基づかない思い込みは危険だ。中身に関してよく精査しないとミスリーディングにつながりかねないと反省している。

ただ、この自動車のストについてみてゆくとかなり興味深いことがいくつもわかる。

例えば古い産業構造の転換が難しいのは何も日本特有の問題ではない。さらにそれを補助金で操作しようとすると思わぬハレーションが起こることがある。さらに二大政党制の問題も浮かび上がる。多様化しているアメリカにおいて「二つの政党で全ての政策を集約すること」などできるはずもない。さらにアメリカの有権者も変化しつつある。

最後に「政治ショー」としての面白さもある。実はトランプ氏がUAWを狙っている。他人を苛立たせることにおいては天才的な能力を発揮する人であり、それを面白がる有権者も多い。「ショー」が派手になればなるほど共和党の他候補者たちと政策論争はさらに埋没することになりそうだ。

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情報が極めて多様ではあるのだが、これらの項目について一つひとつ見てゆきたい。

UAWとEVで検索すると読売新聞の記事が出てくる。リードには「EVシフトが背景にある」と書かれている。

全米自動車労働組合(UAW)は15日、ゼネラル・モーターズ(GM)など米自動車大手3社(ビッグスリー)に対し、ストライキを開始すると明らかにした。電気自動車(EV)化の進展による雇用減少への懸念が背景にある。2024年に大統領選を控えるバイデン米大統領にとっても打撃となりそうだ。

ただ日本の媒体だけを読んでいてもよくわからないことが多いのでロイターの英語版で補足してゆく。

UAWはアメリカのメジャーな自動車メーカー3社の労働組合を束ねたものである。海外の自動車メーカー、テスラ、EVのために電池を作っている会社などは含まれていない。政治力が極めて強く伝統的に民主党支持だ。だが今回はまだ支持する大統領候補を決めていない。

UAWは表向きはEVシフトを受け入れている。だがこれは建前であり本音では受け入れたくないという人が多いようだ。イノベーションが歴史的なストを誘発するという意味ではAIを受けて始まったハリウッドの俳優・脚本家のストに似ている。脚本家のストは暫定的な合意ができそうだが5月から実に5ヶ月間もストをやっていた。その間ハリウッドの新作供給には大きな影響が出た。これを踏まえると自動車のストもある程度長引くかもしれない。

EVはエンジン車に比べると構造が簡単なので必要な労働者の数を減らすことができる。このため焦った労働者たちが待遇改善を求めている。今すぐ20%の賃上げをやり将来的には40%の賃上げに応じろと言っている。組合側は4年半で20%の賃上げを提案しており折り合いがついていない。

だがここにハリウッドにはない別の要因が重なる。政府の補助金である。EVシフトのために多額の補助金が提案されている。これがエンジン車の労働者に渡らず素通りしてしまう可能性が高い。自分達は今まで貢献してきたのだから「用済み」にするならそれなりの成果をよこせと言っている。つまり補助金の取り分で揉めているのだ。

このEV補助金が今いくらになっているのかを調べようと思ったのが実に多岐に渡っている。新車でEVを購入すると税還付が受けられる。またインフラの整備にも連邦政府の補助が出るようだ。ところが共和党の中ではバイデン大統領の予算を制限しようとする動きもありこれらのプログラムのどれが成立していてどれが成立していないかなどがわからない。

産業転換には補助金を使うのが一番だと誰もがそう思うだろう。だが補助金を出せば出したで「できるだけ多くの補助金を獲得したい」と考えるは極めて自然なことだ。仮に今回バイデン大統領が労働組合懐柔のために新しい補助金を提案すれば労働組合は「もっと粘ればもっともらえるだろう」と期待するかもしれない。

アメリカ人はこのEVシフトをどのように受け止めているのだろうか。ピューリサーチが調べている。EVの購入意欲が最も高いのは民主党員や民主党よりの無党派層だ。若者や都市部に住む人たちほど購入意欲が高い。「自動車の最新トレンドだから」という人もいるが環境に優しくガソリン代が節約できることが主な購入検討理由になっている。アメリカ人は「なぜ自分はEVを選んだのか」を人に説明したがる。その時に「自分は環境について配慮している優しい人間なのだ」と説明したい。民主党支持者にはそんな人が多いようだ。

バイデン政権は2032年までに新車の67%をEVにするようにという目標を掲げている。新しい価値観が好きな民主党支持者たちはバイデン政権の政策に好意的だ。

だが、政府の手で何かを制限されることに対する反発も強まっている。2035年までにガソリン車の新車販売を段階的に廃止するという計画への支持は減っていて反対は6割に増えている。特に共和党支持者は7割はこれが我慢できない(Upset)と言っている。民主党支持者で我慢ができないといっている人は2割に過ぎないが「どちらでもない(Neutral)」が43%もいる。共和党の支持者たちはそもそも民主党の政策をWOKE(意識高い系だ)と言って嫌っている。自慢したがる民主党とそれを「意識が高すぎて嫌味だ」と考える共和党という感情的な対立構造がある。

だが、実は民主党支持者も一枚岩ではない。民主党は先進的な都市生活者と製造業労働組合から支援を受けている。先進的な都市生活者はアメリカを環境に優しく多様性のある国にしたいと考える。一方労働組合は変化には後ろ向きだ。

UAWはGM46,000人、フォード57,000人、ステランティス43,000人を代表している。EVシフトによって被害を受けるUWAはまだ次に支援すべき大統領候補を決めていない。ここにめざとく狙いを定めた人がいる。それが共和党のトランプ候補である。共和党は2回目のディベートを計画しているのだが「自分だけは特別だ」と考えるトランプ氏は参加しない意向である。

自分を大きく見せたいトランプ氏は「民主党が取りこぼしそうなUAWの本拠地に乗り込んでバイデン大統領の悪口を言う」という作戦を考えた。UAWが共和党を支持する可能性は極めて低いが「いやがらせ」としてはこれ以上の適地はない。自分を大きく見せつつ他人が最も嫌がることをすれば支持者が喜ぶとトランプ氏は知っているのだろう。WOKE(意識高い系)にうんざりしている共和党支持者が見たいのは難しい政策論争ではない。WOKEな人たちが困惑する顔なのだ。

「政治的天才」のトランプ氏は共和党の第二回目のディベートをすっぽかしてミシガン州で演説会を開く予定にしている。「バイデン大統領は自動車業界を破壊しようとしている」と訴えるつもりだ。

こうした動きを受けてバイデン大統領も何もしないわけにはいかなくなってしまった。アメリカ合衆国の大統領は伝統的に法廷闘争が絡むような闘争でどちらかの味方をすることはない。このため当初はUAWのストには関わらない方針だった。

トランプ氏の介入がわかると直接「紛争地帯」を訪れて、労働組合へのサポートを表明せざるを得なくなった。バイデン氏はトランプ氏よりも早く26日にミシガン州を訪問する予定である。当初は現場を訪れるかどうか逡巡していたそうだが、結局ピケラインを訪問し直接ストを激励することにしたそうだ。労使間で法廷闘争も起きている中でその一方に肩入れすることになり、アメリカの歴史上初めてのことであるとCNNは伝えている。

UAWに共和党の大統領候補を応援すると言う選択肢はない。つまりトランプ氏が歩み寄ってきても相手にするわけにはいかない。しかし今は条件闘争をやらなければならないのだから、おいそれとバイデン氏を支持するとは言えない。このようにUAWも非常に難しいポジションに追い込まれている。政治に依存して変化を拒んできたツケはかなり大きかったようだ。アメリカを前に進めたい民主党支持者の中でUAWは結果的に浮いた存在になりつつある。

この自動車ストに関する報道を整理するまで「アメリカ合衆国では常に企業の新陳代謝が起こり労働者が古い産業から新しい産業に移っている」と言うイメージがあった。だが実際にはビッグスリーのように大きすぎて潰せないという産業が存在する。「補助金」や「還付金」となどの複雑な要素が絡み合い、ついにはトランプ氏の介入を許すまでになっている。

もう一つ学んだのはアメリカ合衆国に起きている政治的変化だ。二大政党制のデメリットが目立っている。どちらの政党も政策集約ができていない。

共和党には自由主義で穏健な共和党員の他に「アメリカの政治など滅茶苦茶になってしまえばいい」と考える破滅主義者がいる。一方で、民主党の支持者の中には変化を拒む旧来型の労働組合と変化を望む多様性主義者が混在している。さらに最近では資本主義よりも社会主義の方がいいという人たちも増えているそうだ。Z世代と呼ばれる新しい世代は、社会主義志向でイスラエルよりもパレスチナに同情的であるという調査もあるそうである。

日本では安全保障上の期待から「強くて揺るぎないアメリカ」という像が好んで受け入れられる。だがアメリカ合衆国の政治や経済は変化を続けており我々が考えるアメリカ像は過去のものになりつつあるようだ。

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