「インド人」というとターバンを巻いた人を想像することがあるが、あれは厳密にはシーク教徒と呼ばれる人たちである。インドでは少数派の宗教だ。カナダでこのシーク教徒の宗教指導者が殺害された。インド政府がカリスタン独立運動を潰そうとしているためだ。
この事件についてトルドー首相は「インド政府が関与している」と国会で答弁した。インドは猛反発しお互いの外交官を追放する騒ぎになっている。背景にあるのがモディ首相のヒンドゥー教徒優遇政策である。人口の80%を占めるヒンドゥー教徒の支持を得るための政策だが少数宗教や民族からは激しく抵抗されている。
西側とインドの関係が悪化すればアメリカ合衆国が進めているロシアの経済封鎖と半導体などの脱中国化政策にも影響が出かねない。西側の対インド外交は極めて難しい問題に直面しているといえそうだ。
カナダでシーク教の指導者ハルディープ・シン・ニッジャル氏が殺害された。インドはイギリスから独立した時にイスラム教の国とヒンドゥー教の国に分かれたのだが、それ以外の宗教を信仰する人たちもいる。シーク教徒も「カリスタン」と言う自分達の国を作りたいと考える人たちもいる。
トルドー首相はインド政府が国会で指摘し、インド政府が猛反発している。
CNNはニッジャール氏の殺害について言及しているだけだが、BBCは「ここ数カ月のうちに突然死亡した著名なシーク教徒は、ニジャール氏で3人目」と書いている。つまり連続殺人ということになる。インド政府がテロ組織とみなすカリスタン独立運動を潰すために関与したのであろうと見られているようだ。
モディ首相は国内の多数派であるヒンドゥー教徒の支持を得るために「ヒンドゥー至上主義」政策を取っている。最近ではG20でインドの固有名である「バーラト」を使い「インドが国名を変更するのでは」と話題になっていた。
- G20議長国のインド、「インディア」の国名表記を突然「バーラト」に変更し波紋(TBS NewsDig)
イギリスは少数派を重用しヒンドゥー教徒を支配する「間接統治体制」を取っていた。バーラトの使用はヒンドゥー教徒に取っては喜ばしい変化だが、多宗教・多文化推進派の人たちはこの動きに警戒心を募らせているようだ。
結果的にシーク教徒分離派を刺激しインド内外で激しい闘争が行われるようになった。インドでは古くからカリスタン独立運動と言うシーク教徒の独立運動があるそうだ。これが再燃している。
今回はトルドー首相がモディ首相に異議申し立てをしインドの情報機関の外交官を追放し、それに呼応する形でインドもカナダの外交官を追放している。両国の外交関係は大幅に悪化したと言って良い。
- カナダ首相、シーク教徒殺害「インド関与の疑い」 外交官追放(Reuters)
- インドもカナダ外交官追放、シーク教徒殺害関与を否定 関係悪化(Reuters)
インドが「中国・ロシア陣営」につくことを恐れている西側諸国はこれまでインドのヒンドゥー至上主義を声高に非難してこなかった。しかし少数宗教が激しい抵抗運動を始めるとその舞台はイギリス、アメリカ、カナダなどの英語圏に拡大している。カナダ政府はついに問題を無視できなくなり事態沈静化のために動き出したが、即座に外交関係の悪化につながってしまった。
おそらくこの件で最も慌てているのはアメリカ合衆国だろう。ロシア包囲網はインドの協力なしには実現しない。また半導体でアメリカを脅かすまでに成功した中国を封じ込めるためにもインドの協力は欠かせない。バイデン大統領は6月にモディ首相をホワイトハウスに招きいれ国賓として異例の厚遇で迎えていた。
- バイデン米大統領とモディ印首相、防衛や半導体を巡る合意を発表(Bloomberg)
- バイデン氏、インド首相を国賓として異例の厚遇…中国念頭に防衛分野の協力で合意(読売新聞)