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結局アメリカの自動車株は今「売り」なのか「買い」なのか 二極化とイノベーションが同時進行し入り混じる期待と不安

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前回、前々回とアメリカの状況について書いた。これはおそらくバブルなのだろうがバブルが弾けるまでは「祭り」に参加し続ける人は増えるだろうという内容だった。この中で「家計資産は好調なので車も売れているのだろう」と書いたのだが「これは間違いではないか」という指摘がQuoraで入った。Quoraではこのように時々読んでいる人からの指摘が入り考察と修正が加わることがある。この方向性がブログとSNSであるQuoraの違いだ。

そこで自動車産業について周辺記事を読んでみた。不調と好調が入り混じっており、そこにEVシフトというイノベーション要素や、半導体不足やストという供給制約条件も加わっており極めて複雑な事態が進行している。

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指摘に使われたのはJETROの記事である。確かに売上台数を見ると落ち込んでいる。ここで「ああ間違いだったのですね」というのは簡単なのだが、記事を読み周辺の数字を見てみることにした。実はこの指摘は一部当たっていて一部間違っている。

確かに小型乗用車の売上は落ちておりローンが返せないという人も増えている。一方で法人向けの車の売上やEVは好調だ。このため全体としては「金利上昇を吸収できている」という指摘もある。つまり二極化が進んでいるのだ。まずJETROの記事を読む。

Quoraでの指摘は次のようになる。

アメリカの景気は実は悪い。だから車が売れていない。今の景気は株式主導のバブルだからやがて崩れる。

確かに総売上台数を見ると落ち込んでいる。JETROは「北米の新車市場が2022年には不調だった」という。グラフがあり落ち込みは一目瞭然だ。

ただこの不調は需要側(お客さん)と供給側(自動車産業)に分解できる。インフレが進み車両価格が高騰し金利が上昇しローンが組みにくくなっている。さらにインフレのせいで他の支出がかさみ車にお金が回せなくなった人たちがいる。だが、半導体が不足して車が作れなかったという別の要素もある。

需要側の平均は「アメリカの景気は実は減速しており、現在の好調は見せかけの蜃気楼だ」という主張を裏付ける。だが供給側は「作りたくても材料がないから作れない」とも言っている。在庫が逼迫しているのだから中期的には「自動車株は買いだ」ということになる。欲しいものが手に入らない状態が長く続くと市場は「飢え」を感じるだろう。

アメリカ合衆国では需要不足と供給不足が同時に進行している。半導体メーカーは携帯電話など比較的高性能の分野に生産ラインを振り向ける。また車載用の半導体には厳しい安全基準がかけられているため容易に転用ができないそうだ。アメリカ合衆国は現在半導体のサプライチェーンの脱中国化を進めている。つまりこれが解消されれば売り上げを伸ばす車種がある可能性があるということだ。

JETROの記事は金利上昇が自動車の販売台数の減少に影響を与えていると指摘する。自動ローンの金利は6.94%(2023年4月時点)まで上昇している。それを裏付ける記事は年初に出ていた。確かに年末の状況がかなり厳しかったようだ。

JETROの記事は2023年4月に出たものだ。これが出た時点では既にローンで問題を抱える人が増えていた。すると「自動車の売上が減速する」という結論を出したくなる。その後の後追い記事をロイターで見つけたのだが、実はそうなっていない。金利は上昇しているが消費意欲が旺盛な客層がいて金利上昇分を吸収していると書かれている。ロイターの表現は次のようになる。

5日公表のデータによると、第2・四半期の世界自動車大手の米国内自動車販売台数は供給の改善とペントアップ需要(繰越需要)を背景に増加した。金利は上昇しているものの、自動車販売にまだ有意な影響が出ていないことを示唆した。

いったい何が起きているのか。

鍵になる現象は実は2つあった。1つは車種の違いである。小型乗用車の売上は落ち込んでいる。サブプライム層のローン返済に滞りが出ているのだから安い自動車ほどダメージを受けているのだろうと類推できる。だがSUVを作っているGMはかえって販売台数を伸ばしているそうだ。個人客ではなく法人にまとめて車を売ることをフリートというそうだがフリートの契約も好調だ。

ただ現在のアメリカの状況は二極化だけでは語れない。

電気自動車(EVシフト)が同時に起きている。先進的で環境に敏感な顧客ほどこの流れに乗りたいと思うだろう。テスラ、現代、起亜などが主要なプレイヤーである。ビッグスリーと呼ばれる会社がEVシフトに消極的であるということがわかる。

EVに関してはロイターに記事の記事に詳細が出ている。EVに関しては政府のインフレ抑制法の効果とテスラの価格競争の影響で需要が増え続けているそうだ。以前テスラについて観察した時、テスラは利益を犠牲にしても台数を増やす戦略をとっており中国市場のEV市場が大きな値崩れを起こしたということを書いた。北アメリカでも同じことをやっているようだ。

インフレ抑制法については日経XTECHに記事が見つかった。インフレ抑制法という名前と実際の内容に大きなずれがある。

気候変動対策という名目で4300億ドルが投資されており2023年4月18日から適用になった。最大で7500ドルの税額控除を受けられる。税額控除はアメリカ独特の仕組みだ。一度税金を払ってもなんらかの条件に合致すれば自分で政府に申請して税金を取り返すことができるという制度である。

ただし税額控除適用の条件はかなり厳しい。最終組み立て地が北米でなければならず、一定数以上の部品を北米で作らなければならない。また重要鉱物の一定割合はアメリカがFTAを結んでいる国から調達しなければならないそうだ。中国に依存する韓国のメーカーの一部が追従できていないと書かれているので「あからさまな中国外し」であるということがわかる。状況が整理できるまでの間、日本の電子部品メーカーなどにも影響が出そうだが、おそらくこのインパクトはやがて吸収されるだろう。脱中国が早い企業ほど先にこの泥沼から抜けることができる。

そもそもインフレ抑制法の「北米」とはどこのことだろうか。当初はアメリカ合衆国だったそうだが上院民主党が抗議をしてカナダとメキシコが加えられた。自動車の労働組合はアメリカ合衆国と主張したが非組合系がカナダとメキシコを加えるように圧力をかけたそうだ。

現代は「アメリカの投資を見直す」と宣言したそうだが結局宣言を撤回した。アメリカ市場でのEVの売上は好調であるためここを取りこぼすわけにはいかないという判断だ。トヨタはケンタッキー州でEVを生産するために追加投資を行い、テスラはメキシコにメガファクトリーを建築する。

半導体の需要不足は容易に解消しそうにない。例えば、韓国のEVメーカーはアメリカでEVを売るためにはこれまで中国で行ってきた投資を再度北米で行わなければならない。さらに人材開発も急務である。韓国のバッテリーメーカーは大学に積極的に投資を行っている。一定の条件を満たす学生に授業料の全額支援、生活費、海外留学の費用などを負担しているという。

ある一定の車種に限って言えばむしろ在庫が満たされていない状況があり潜在的には供給不足により需要が高まっている時期であるとも言える。自動車メーカーがこの潜在需要を満たすことができれば一気に業績が拡大する可能性はある。だが逆に民主党のEV推進策が終わってしまう可能性も否定できない。もうすぐ大統領選挙があるが民主党が勝つという保証はない。

半導体という供給制約に加えて今回はビッグスリーの自動車のストが乗ってくる。1日あたりの機会損出が5億ドルになるという試算があるそうだ。気がかりなのはストの成否だけではない。ビッグスリーは次世代型のEVには全く後ろ向きである。待遇改善を求めても売れる車を作れなければ賃上げの原資が得られない。ラグジュアリクラスの車種が伸びる可能性はあるが、これも株や不動産の資産バブルが崩れれば崩壊する可能性がある。

アメリカの自動車業界を概観したが実にさまざまな要素が重なっており「平均」だけでトレンドを語るのは非常に難しい。ただ、こうした状況を丁寧に読み込みさえすれば株価チャートを見るのもまた楽しくなってくるのかもしれないとも思える。実に様々なことが起きているので気になる部分をピックアップして自分なりに調べてみるのも面白いだろう。

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