ネタニヤフ首相が国連総会に合わせてアメリカを訪問する。ユダヤ系の支持が欲しいバイデン大統領なら当然ネタニヤフ首相を歓迎するであろうと思うのだが「会わない」ことがニュースになっている。イスラエルの司法改革が背景にある。イスラエルの司法改革は「国家分断」という最悪の状況も視野に進展している。最悪の状況とは司法と行政・立法が完全に対立しイスラエルが国家として分断されてしまうと言う状況である。こうなると市民、軍、警察などはどちらにつくかを決めなければならなくなるだろうとの指摘もある。
バイデン大統領はこの状況を扱いかねているようだ。これまで甘やかしてきたイスラエル情勢がいよいよコントロール不能な領域に突入しつつあるのだ。
日本語では時事通信が「ネタニヤフ首相が渡米するがバイデン大統領とは会わない」と伝えている。なんらかの「緊張」が背景にあるようだが、この記事だけ読んでもなぜ両国関係が緊張しているのかはよくわからない。
- イスラエル首相訪米へ バイデン氏と会談計画せず(時事通信)
そもそも「会わない」というニュースは本当なのだろうかと思ったのだがVOAが報道していた。ネタニヤフ首相はシリコンバレーと国連総会を訪問するそうだがバイデン大統領と会談する予定はないそうだ。
一方でBBCは全く別の点に注目している。それがイスラエルで進行中の司法改革だ。日本では法律は通ったがそれを実施するつもりはないというところまでが報道されているが、BBCは最「高裁判所で審理が始まる」と書いている。
APも同じ話題を扱っているのだがサラッと恐ろしいことを書いている。
If the court strikes down the new laws, senior officials, including Levin, have hinted they won’t respect the ruling. That would plunge Israel into a constitutional crisis, where citizens and the country’s security forces are left to decide which set of orders to follow — the parliament’s or the court’s.
- Israel judicial reform explained: What is the crisis about?(BBC)
- Israel’s contentious legal overhaul comes to a head as judges hear cases on their own fate(AP)
社会科の教科書で「三権分立の基礎は三権によるチェックアンドバランス」だと習う。だが社会科の時間に「仮に三つの権利の意見が合致しなければどうなるのだろうか」などと先生に質問すれば笑って誤魔化されるだけだろう。とにかくそういう仕組みになっていて誰かがうまく調整してくれることになっている。
ところがイスラエルはそうなっていない。イスラエルは憲法を作ることができなかった。このため行政と議会に不都合があれば司法が割って入り行政と議会に差し止めを命じることができる仕組みになっている。だが行政と議会はこれが気に入らない。
今回仮に司法側が「司法の権限を縮小するなど許されない」と宣言すれば国民が直接「さてどうしますか?」と問われることになる。おそらく平和的な解決策は望めないだろうから誰かが「どっちにつくか」を決めることになる。APは「市民や国のセキュリティフォース(複数)がどっちにつくかを決めることになる」と書いている。つまり市民、軍隊・警察などの実力部隊が行政と議会の側につくか、あるいは司法を応援するかによって情勢が決まるということだ。これを憲政上の危機と呼んでいる。つまり国家内乱である。
つまりAPは、仮に司法が法律を拒絶すれば市民、軍、警察などがどっちにつくかを決めなければならなくなるということになる。内乱が示唆されているわけだ。このような状況でバイデン大統領がユダヤ票欲しさにうっかりネタニヤフ首相に会ってしまえば議会側について民主主義擁護のために司法を応援している人たちを敵に回すことになってしまう。これはアメリカ民主党を応援する民主主義のユダヤ人たちを大いに刺激するだろう。
しばらく見ないうちにイスラエル情勢はここまで緊迫していたのだなと驚きを禁じ得ない。
バイデン大統領は7月にネタニヤフ首相をホワイトハウスに招待した。ネタニヤフ氏を厚遇すればあるいは民主主義に反する動きを止めてくれるのではないかという期待があったのかもしれない。
- バイデン氏、イスラエル首相を米ワシントンに招待(Reuters)
だが結果的にネタニヤフ首相の暴走は止まらず二期目再選を目指すバイデン政権としては外交上の最も大きな頭痛の種になっている。これまで国内のユダヤ系からの支持を集めるために「見て見ぬふり」をしてきた問題に火がつきそうになっている。仮になんらかの決定的なことが起こればバイデン大統領も共和党側の大統領候補たちも「旗色」を鮮明にせざるを得なくなるだろうが、その時は刻一刻と近づいているのかもしれない。