イーロン・マスク氏がクリミア半島におけるStarlinkの提供を拒否していたとして話題になっている。反対派は「一民間企業のCEOが戦争の範囲をコントロールすべきではない」と考えるが、実際の政治言論や戦争はすでに民間企業によって影響を受けているという現実がある。イアン・ブレマー氏は民間企業の技術が国家の力を超えつつあると考えているようだ。
BBCが「マスク氏、ウクライナの衛星通信の利用要請に応じず 「重大な戦争行為」への加担回避と」という記事で詳細を伝えている。マスク氏はクリミア半島奪還を目指すウクライナの申し出を断りクリミアでのStarlink利用を認めなかった。ウクライナ側は「許可されなかった」と言っているようだがマスク氏側はそもそも提供していないといい意見が食い違っている。
マスク氏はStarlinkは「ネットフリックスを見たり、くつろいだり、学業のためにインターネットに接続したり、平和的な良いことをするためのもの」でありドローン攻撃のために利用されることがあってはならないとした上で、ウクライナがクリミア半島でStarlinkを利用すればロシアの核攻撃の危険性が増していたであろうと自分の判断を正当化している。
一方でマスク氏は「(ロシアに)編入された州で、国連の監視下で住民投票を再び行う。立ち去ってほしいと言うのが人々の意志なら、ロシアはそうする」と現状固定につながる提案もしている。現在のウクライナが決して認めることはないポジションであり、ロシアはそうする根拠も保証もない。単に合理的に判断している可能性もあるがロシアに味方していると思われても仕方がない。
かつてTwitterと呼ばれたXのモデレーションポリシーが政治言論に大きな影響を与えるように、衛生通信網Starklinkも戦争の行く末を大きく左右している。イアン・ブレマー氏は自身のYouTubeチャンネルでこの状態をa technopolar worldと言っている。二極化、多極化ではなく「技術によって分極化されている状態」だ。二極化世界と多極化世界のプレイヤーは国家だったのだが特定技術を持った民間会社が世界の構造に大きな影響を与えるという意味になる。特に民主主義の国において民意の支配を受けない超国家的な存在は大きな脅威になる可能性がある。
ただし「技術会社の支配が嫌なら自分達でサービスを構築すればいい」のも確かである。イーロン・マスク氏は過去にStarlinkの無償提供を打ち切ると通告してきたことがある。この時に突きつけた金額は年額580億円だった。しかしアメリカ政府は代替サービスを見つけることができず、SpaceX社に資金協力しStarlinkを調達した。その具体的な価格は提示されなかった。合衆国の軍事予算は民主主義によって大きく制限されているため意思決定の速度に制約がある。株主を納得させることさえできればイーロン・マスク氏の方がより早く資金を調達し戦争にも使えるインフラを提供できる。
イーロン・マスク氏はテスラの生産においては中国に接近し、クリミア半島の永続的なロシア支配につながりそうな提案もする。他にも国際政治において物議を醸すような提案を行い続けている。一方でバイデン大統領の支持者が好みそうな脱炭素社会に向けた次世代高速充電網の整備を行ってもいる。なかなか政治的評価が難しい人物だ。
マスク氏の放埒な発言がテスラ社の時価総額を大きく毀損させたこともあった。テスラ社の顧客は環境支持派の人たちだが、政治的にはトランプ前大統領に接近し「Twitterは言論弾圧を行うべきではない」などと主張したからである。だがその後も放埒な発言はなくなっていない。
一部の人たからは有言実行の人だとか鋼のメンタルだと賞賛されるが、民間技術会社が民主主義国家の力を超えてゆくことに対して脅威を感じる人もいるはずである。